オリオン


今思えば、あの時の人は父さんだったのかもしれない。


目が覚めて、最初に目に入ったのは白い天井だった。
自分が誰で、どうしてここにいるのかわからなかった。

「やあ、目が覚めたんだね」

優しげな男の声。
ベッドの脇に目をやると、知らない男が椅子に座っている。黒い髪の男。誰だかわからない。

「えっと……」

しゃべろうとしたが、うまく声が出なかった。
何だか声が喉に張り付いている感じで、言葉も出てこない。一体俺はどうしてしまったのだろうか。

「あぁ、無理しなくていいよ。君は今、混乱しているんだ。自分が誰かわからなくて。でも、私は君が誰だか知っているよ、オリオン」

にっこりと笑う男の人。
最後の言葉だけ、やけに頭の中で響いた。オリオン、そんな名前に覚えはない。

「君はオリオン。これは絶対だ」
「お、りお、ん?」

ゆっくりと口に出すも、それが俺の名前だという実感がわかなかった。
それでも男の人はにっこりと笑っていた。

「さて、君に渡すものがある」

男の人はそう言って、俺の手に絨毯を押しつけた。見覚えのない絨毯。

「これは魔法の絨毯。君のものだ。君を守ってくれるものだから、絶対に手放してはいけないよ」

さっきとは打って変わって真剣な表情になる男の人。
俺は無意識のうちに頷いていた。




自分が誰かわからない。自分が本当にオリオンなのか自分にもわからない。俺はしばらくその思いに悩まされることになる。
もしかしたら自分はオリオンじゃないのかも。
じゃあ、自分は一体誰なんだ? 町を歩く人たち皆自分がどこから来たのか知っているのに、俺は知らない。自分が誰で、何者なのか。


病院を退院して、住む家に案内された。どうして、この男の人は自分にここまでやってくれるのかわからなかった。
1人の夜を迎えるたびに、暗い感情が湧き上がってくる。どうして自分は1人なのか。自分は一体誰なのか。

「お前は俺が本当にオリオンなのか知っているのか?」

そう絨毯に問いかけても答えは返ってこない。当たり前のことだ。
自分が誰かわからず頭を掻き毟る。次第に爪を噛む。
自分が誰だか、何をしていたのかわからない。あの男は一体誰なんだ。それすらわからない。
たった1人暗闇に取り残された気分だ。もがいてももがいても、暗闇から出られず、爪を噛む。


いつのまにか、家を飛び出し、気づくとそこは、廃ビルの屋上。
星がとても綺麗で。問いかけてみても答えは返ってこない。自分が誰か知りたいだけなのに。
もし、ここから飛べば死んだときに葬式がある。そこで、自分が誰かわかるかもしれない。俺はそんなことを考えて。絨毯を手に持ったまま飛んだ。
だが、ついた先は地面ではなく、すばる。




俺は、すばるで自分が何者かを知る。もう爪を噛むくせはなくなった。
自分は誰か。そんなの簡単だよ。俺は……オリオン。今も昔も、この先ずっと、ね。




END




>>モドル

オリオンの過去の話。
もう、オリオンは大丈夫。


2012.11.17