Other's Plot Plan 2 -OPP2-
プロット主:藤原 湾 様(http://blue-umbrella.seesaa.net/)


貸本屋の店主の話


 いつも通りの朝。目覚めると、カーテンを開け、着替え、朝食を食べる。最低限の身支度を整えると、男は決まって、毎日同じ時間に店に行き、店の掃除をする。 男は、人の記憶を記録し本にしてその本を貸し出す貸本屋を営む二代目だ。長年、この店を切り盛りしていた父親のあとをついで、数年がたつ。 店には、壁に沿って本棚がそびえたち、その中にはぎっしりとたくさんの本がつまっている。男は毎朝きまって、この本棚の整理を行う。 決まった時間に行い、決まった時間に終わる。決まった時間に店を開け、決まった時間に店を閉め、きまった時間に家に帰って寝る。これが男の日々の日課だった。
 この日も男は、決まった時間に店を開き、決まった場所・窓際に置いてある木製の机のところに座っていた。
 がちゃりと音がしてドアが開いた。

「いらっしゃい」

 寡黙な男・店主は一瞬だけ、店に入ってきた人の顔を見てそう呟く。客はぺこりと頭を下げ、真っ直ぐに本棚へと向かっていった。
 再び、がちゃりとドアが開く。次の客だ。今度の客はまっすぐに店主のもとへやってきた。

「いらっしゃい」
「すみませんが、記憶を記録していただけませんか?」

 くたびれたせびろを着た、中年の男がそう言った。

「わかりました」

 店主はそれだけ告げると、紙とペンを用意する。

「どうぞ」

 店主が告げると、中年の男は自分の記憶を話し出した。

「それでね、妻がこう言ったんです。あなたと何か結婚しなきゃよかった。 って。私だって、たまにそう思うことありますけど、言ったことはないんです。でも、この間やっと仲直り出来て、やっぱりこの人と結婚してよかったと思ったんです」

 くたびれた中年の男は、最初は暗い顔で、だが徐々に笑顔になり、話を続けた。奥さんと自分との出会い、結婚。その間も店主の男は、ペンを休めることなく、書き続ける。

「それで、妻も笑ってくれて……」

 中年の男が話しているとき、再びドアの開く音がした。

「こんにちはー!!」

 元気のいい、少し高い声が店の中に響き渡った。店内にいた客が、その人物の方に目を向け、すぐに本棚へと目線を移す。

「……いらっしゃい」

 店主も、ボソリと呟いた。ちょうど、中年の男の記憶を書き終わったところだ。 中年の男は、店主にお礼を言って、店を出た。その間にも、先ほど店にやってきた人物は、きょろきょろと記憶が並べてある本棚の間を歩いていた。 その人物は、いつものように帽子をすっぽりとかぶり、顔に影が出来ていた。小柄で、きっとまだ成人にはなっていない青年。少し前から毎日のように店にくる。
 数人の客に記憶の本を貸すやり取りが終わった頃、青年が店主に近づいてきた。店主は青年を見なかったが、足音で気づいたのだ。

「これ、返しに来ました。今度は、これ貸してくれません?」

 目元は帽子の陰でよく見えないが、口元が笑っている。店主は淡々と貸出の作業を終える。 そういえば、この返してきた本は昨日貸したなと思いながら。相変わらず読むのが速いな、と心の中で呟いた。

「ねー、そういえばさー」

 語尾を伸ばし、青年は店主を目線を合わせた。帽子で隠されている目が、きらりと光ったように、見えた。

「店主の本はないの?」

 しばしの間のあと、青年はにっこりと微笑んでそう言った。店主の手が一瞬止まる。一瞬止まり、顔を上げた。

「店主の思い出はないの?」
「思い出……」
「そう、思い出。ないなら、作ればいいんだよ。明日、店を休んで外出してみたら? 店主が店の外にいるの見たことないよ」

 青年は、それだけ告げると借りた本を持って店を後にした。店主の頭の中で、青年の言葉が何度も繰り返されていた。 思い出……。店にはたくさんの思い出が書いてある本がある。だが、青年の言った通り、店主の思い出は店にはない。 あるのは、記憶を記録してほしいと言ってくる人たちの思い出だけで、あの青年の思い出も置いてはいない。 常連客は、記憶を置きたがるものだが、あの青年はそれを嫌がった。でも、やけに店主の頭にその「思い出」という言葉が引っかかっていた。

「あのー……、これ、いいですか?」
「あ、はい」

 常連客の女性が本を借りに来たことにも、声をかけられるまで気づかなかった。店主は、その後もしばし、上の空でこの日はいつもと同じ時間に店を閉めた。




 いつもと同じ時間に起き、同じ時間に身支度を整える。だが、店主はこの日店には行かなかった。 店主は、昨日青年に言われた通りの行動をした。1日だけ、店を臨時休業し、外に出たのだ。 普段では、用事がなければ店の中にこもりっきりな店主。そんな店主の目には、全てのものが目新しく感じだ。 身体全体で、風を感じ、太陽の光をあびる。店をついでから初めての休みだ。

「あれは……」

 いつも同じ店にしかいかない通り。気づいていなかったのか、それとも目に入っていなかったのか。 店主は、緑色の看板の店を見つけた。ショーウィンドウを覗くと、こまごまとした雑貨が飾ってある。その中には、ペン立ても見つけた。
 突然、頭の上でバサバサという大きな音がした。上を見てみると、一羽の白い鳥が飛んでいた。 太陽に光が眩しく、眼を細める。さらに、歩みを進めると、壁の隙間から生える小さな植物を見つけた。 同じ町並みなのに、全てが初めてな感じがした。いつのまにか、店主の足取りは軽く、いつもの行動範囲の場所をとうに越していた。 見る物全てに心奪われ、気持ちのよい風を感じ、店主は目を細めた。何だか、とても気分がいい。スキップでもしたい気分で歩いていると、人だかりが店主の目に入った。

「一体、何があったんだろう?」

 人の隙間から、ひょこっと顔を出す。ある店の間で、1人の女が絶望したような顔で立っていた。 ショーウィンドウのガラスは割れていて、女の足元にはガラスが散らばっていた。

「誰よ!! うちの店のガラスを割ったのは!」

 女は睨むように、まわりに集まっている人たちを見た。店主は、よく見える位置に移動した。 何があったのか。物取りなのか、それとも単なるいたずらか。今まで得た知識の中から、似たような状況がなかったか頭の中で探し始めた。 この中の誰が犯人なのか。この中に犯人はいるのか。1人1人をよく観察する。その間も女はわめいていて、人々は口々に知らないと言い始めた。

「俺は手が悪いんだ。そんなこと出来ない」
「そこに羽が落ちているわ! その羽の持ち主が犯人よ!」
「割れたところは誰も見ていなかったのかよ!?」

 次々と言葉を発していく人々。確かに、白い羽。店主は、その羽をどこかで見たような気がしたが、思い出せない。 人々の記憶を記録しているときに得た知識の中には入っていなかった。

「皆さん! そこをどいてください!」

 ざわざわとざわめく中にやってきたのは青い服の警察官。人ごみをあっという間にかきわけ、真ん中にやってきた。あたりを見渡し、すぐに白い羽に気づき、その羽を手にとる。

「これは……鳥の羽ですね。きっと、鳥がガラスに激突したんでしょうね……」
「何だ、鳥かぁ」
「そうよね、この平和な町にね」

 警察官の一言で、その場にいた人たちは口々にそう言い、どこかへ散って行った。  店主は警察官をじっと見ていた。自分の知識をもってしても、何もわからなかった。なのに……。店主は、その場を後にした。




 次の日、店主はいつも通り店を開けた。昨日、店を休みにしてたせいかいつもよりも人が多い。いつもの机に座り、記憶を書きとめていく。

「やぁ! 昨日は店を休んでどうだったんだい?」

 昨日の客はいつもより早い時間にやってきた。にこにこと笑って、店主のことを見る。

「自分は何をすべきかがわかった。自分が主人公の本はいらない。ここにある全ての記憶を記録したことが自分の軌跡だ。いつか、君の記憶もぜひそこに加えたい」

 店主はいつもより生き生きと話していた。だが、青年はそんな店主を見て溜め息をひとつつき、何も言わずに見せを出て行った。そこで、再び溜め息。

「何もわかってねぇな」

 その言葉が店主に届くことはなかった。



>>モドル|

2014.11.29