エミリーのリボン


町の大通りにあるパン屋は、とびっきりのパン屋だと評判だ。パンも美味しければ、値段も高くない。
人気のパンは焼きたてと同時になくなってしまうくらい。だが、このパン屋が人気な理由はもうひとつあった。

「おはよう。君の笑顔を見るとほっとするよ」

客がこのパン屋の娘に笑いかける。娘もにっこりと笑う。
エミリーは長い茶色の髪を黄色のリボンで結い上げている。ポニーテールを揺らし、まるで踊るようにパンを運ぶのだ。

「君の声を聞くと心が癒されるよ」

手が豆だらけの男が言う。
エミリーの声はまるで小鳥がハミングしているかのように美しい。肌の色も白く、ばら色の頬。
パン屋に降り立った天使を言うものまでいた。

「そうだ。エミリーちゃん。ここのところ山にドラゴンが来ているのを知っているかい?」
「ドラゴン?」

エミリーがいつも通り店に出ていると、旅の途中と言っていた男から興味深い話を聞いた。

「そう。ドラゴン。どうやら子育てに来ているらしい。ドラゴンは凄く頭がいいんだ。 俺は一度だけ見たことあるが、一度は見ておいたほうがいい生き物だね。エミリーちゃんも機会があれば見るといいよ」

ドラゴンの話しを聞いてからというもの、エミリーはどこかおかしかった。
どこか、ぼーっとしていたし、山を眺めていることが多くなった。

「娘よ、一体どうしたというのだね?」

パン職人であるエミリーの年老いた父は、エミリーが心配になった。
父は同時に嫌な予感がしていた。まさか、ドラゴンのいる山に行ってしまうのではないかと。
父は、町中の男どもを集めて、ドラゴンを倒す決心をした。
もし、娘が山に行ってもドラゴンがいなければ安全と考えたのだ。


町の男たちは父親の話しに賛同し、すぐに山に向かった。
1人の男は家畜が食われたと、また1人の男はドラゴンを殺し、有名になろうと。
理由は様々であったが、男達は武器を手にドラゴンのいる山へと向かった。エミリーにはそんなこと知る由もなかった。


男たちが山へ向かってすぐ、ドラゴンが町に降りてきた。
それはそれは大きなドラゴンで、町中の人たちの目はそのドラゴンに釘付けになった。

「ドラゴンだ! ドラゴンが降りてきた!」

町の人たちは急に現れたドラゴンに慌てふためき、家の中に隠れたりした。
エミリーもその騒ぎを聞きつけ、店から外に出た。
ドラゴンは首に怪我をしており、その足には傷づいた男達を掴んでいた。

「あれが、ドラゴン……」

エミリーは大きな羽を広げ、大空を舞うドラゴンを見た。ドラゴンはエミリーの前に降りてきた。
エミリーは突然のことで後ずさりしたが、ドラゴンが掴んでいた男達を放した時、その中に自分の父親がいるのが眼に入った。

「パパっ!」

エミリーは父親に駆け寄る。
背中に大きな爪あとがあったが、死んではいない。

「その男が、男達を引き連れ私達の所にやってきた。娘を守る為だといいながら。私も自分の子供を守る為にやったまでだ」

ドラゴンは淡々とそう答えた。
エミリーは、ぱっくりと開いたドラゴンの首を見ていた。

「あなた、怪我している」

エミリーはいつのまにか、ドラゴンに対する恐怖心がなくなっていた。
エミリーは、髪を結い上げていた黄色いリボンを解き、ドラゴンの傷を隠すように首に巻いた。

「そのリボンは、あなたにあげるわ。 もう、あなたの暮らしを邪魔したりしない。パパたちにも言っておく。だから、パパたちを許して」

エミリーはドラゴンを見上げる。思っていたほど恐ろしくない。

「そうか。なら、私達も、町には来ないと誓おう」

ドラゴンはそう言い残し、山へと去っていった。
それから、町はいつもの活気を取り戻し、誰もドラゴンにことは語らなくなった。
今でも、この町はドラゴンとの約束を守っている。



>>モドル|

2012.3.3