シロガネの森


ハナの住む村の後ろに大きな森がある。
村人達は絶対にその森には近づかなかった。

「お母さん、どうして森には遊びにいっちゃ行けないの?」

ハナは庭で洗濯物を取り込む母にそう尋ねた。何度も母に聞いたこと。
そのたびに母は、同じことを繰り返し、ハナに言い聞かせる。

「ハナ、あの森には物の怪がいるの。だから、あの森には入っちゃいけないのよ」

いつものように答える母。

「じゃあ、どうしてあの森に物の怪がいるだなんて分かるの? 誰も行ったことがないんでしょ? どうしてわかるの?  お母さんは行ったことがあるの?」

ハナは森に行って見たくてしょうがなかった。物の怪なんて信じていない。
その理由に、母の答えがいつも「そう言い伝えられているの」だからだ。
それでは、物の怪がいるという証拠にはならない。証拠があれば、どんな物の怪が住んでいるのかわかるはずだ。
だが、誰も物の怪の姿形さえ知らない。


ハナは密かに森に行く計画を立てていた。森までの道は知っている。
森の近くには一軒の家がある。男の子たちは度胸試しと賞して、この家まで行ったことがあると言っていた。
が、この家の人に見つかり連れ戻されたとも言っていた。
ハナはこの家の人に見つからない方法をずっと考えていた。


ハナは夜を待った。今日は新月。新月の日は月明かりもなく、いつもより暗い。
ハナは今日、森に行くと随分前から決めていた。
こっそりと家を抜け出し、森へと向かう。村は真っ暗で、誰一人起きている気配はない。
本当ならハナも寝ている時間だが、今日は昼寝をたくさんしたし、朝遅くまで寝ていた。
ハナは絶対成功すると自信があった。なんたって、森ちかくの一軒の家も、真っ暗だったのだから。


ハナは、家の脇をすり抜け、森の中へと入る。
木々が鬱蒼としており、星明りも届かない。だが、ハナは怖くなかった。

「物の怪なんていないって私が証明してやるんだから」

ハナはそう呟き、森の奥深くへと入る。
このあたりからは男の子たちも入ったことはないだろう。
空気が澄んでいて、原生林が生い茂る。確かに物の怪がいてもおかしくない雰囲気。
でも、実際には誰も見たことがない。足を止めずにどんどん奥へとはいるハナ。
ハナは、木々が開けた広い場所に出た。その広場の真ん中には、切り株があり、誰かが丸まって寝ている。

「誰かいる」

ハナはゆっくりと、切り株に近づいた。

「あれ、この子……?」

寝ているのは青い着物で、狐面をつけたハナと同じくらいの男の子だった。
だが何かがおかしい。ハナには、この男の子、どうも狐みたいな尻尾があるように見える。

「もしかして、物の怪?」

ハナがジロジロと見ていると、男の子は視線に気付いたのか目を覚ました。

「うわぁぁあぁ!?」

男の子は飛び起き、尻尾で顔を隠した。
狐面をしているため、男の子がどんな顔をしているのかはわからないが、この様子から怖がっていることがわかる。

「あなた、物の怪?」

だが、ハナは何も怖くなかった。夜の闇も、この男の子も。
何となく、この男の子が可愛いとすら思ってしまう。

「あなた、一人ぼっちなの?」

ハナは怯える物の怪を見る。
男の子は何も言わない。

「1人で寂しくないの?」

ずっと無言であった男の子が小さく頷いた。

「ずっと、友達が欲しかったんだ」

頷いたあと、男の子はポツリと呟いた。

「なら、私と友達になろうよ。私はハナ。あなたは?」
「ぼ、僕は……シロガネ」

ふと、男の子が笑ったような気がした。
ハナは、それからもこっそりと森に行った。森で、シロガネと遊んだ。
だけど、いつしかハナは成長し、この村を出て行った。


物の怪はいた。1人で、寂しく森の中に。
誰か、友達になってくれる人を待っていた。
さびしんぼうの物の怪は、今日も好奇心いっぱいの女の子を待っている。
初めて出来た友達が来てくれるのを。何百年も、何千年も待っている。だけど、ハナはもう来ない。



>>モドル|

2012.3.3