海になったピロ


ピロは心待ちにしていた。海の一部になるのを。
ずっと前からその日を待っていた。そして、今日がその、海になる日だ。

「やぁ、おはよう。いよいよだね」

霧がかかる朝の森。先を急ぐピロに、早起き鳥がそうあいさつをした。
ピロの心はドキドキとワクワクでいっぱいだ。

「おはよう! やっとだよ。やっと、ここまで来たよ。僕はやっと海になれるんだ」
「そうか。もう会えないと思うと寂しいが、がんばれよ」

早起き鳥は、どこか寂しそうに笑い、川を下るピロを見送った。

「ピロ。海でも元気でね」

川の魚たちも、嬉しそうなピロにそう声をかける。
ピロは今まで仲良くしてくれた川の生き物ににっこりと微笑む。
別れは寂しいけれど、やっと憧れていた海になれる。そう思うと、川を離れるのは悲しくはなかった。
誰も見たことのない海。海に行くと言ったら仲間たちには帰って来られないと言われた。
実際、今まで誰も帰ってきていないと。だけど、ピロは海に行くことを決めた。
海で生きる、海として生きることを選んだ。だからこうして、長い長い川を下ってきたのだ。

「一体、海はどんな所なんだろう。綺麗なのかな、それとも危険なのかな。 友達が出来るかな。昔、さけ君に遭ったときに聞いておけばよかったなぁ」

まだ見たことのない海にピロは思いをよせ、どんなものかを想像する。
海は一体どんなところなんだろうと。ピロの心は不安と期待でいっぱいだ。
だけど、海の一部になると思うだけで、ピロの心は躍る。
川の仲間たちに最後の別れを告げ、海へと急ぐピロ。だんだんと潮の香りがしてきた。
カモメたちの声や、波の音が聞こえてきた。川は大きくなり、海と交じり合う。
海の水と川の水が交じり合う不思議な場所。

「河口だ! このままいっきに海に行くぞ!」

ピロは川への名残惜しさを胸に秘め、泳ぐスピードをあげる。
海へ海へと。川に別れを告げながら。

「僕はこれから海になるんだ!」

ピロは海の一部となった。
川から出てきた小さな泡が海面へとあがっていくのを一匹の海の魚が見ていた。
ピロはもう川へと帰ることは二度と出来なくなった。
海、そのものになってしまったから。



>>モドル|

2012.3.3