犬と僕〜タロウの件〜
犬が欲しい。でも、お母さんもお父さんも犬は高いからだめだって言う。クラスメートの稔くんは血統書つきのチワワを買ってもらったって言うのに。
だから僕はお隣のタロウを可愛がるしか出来ない。タロウって言うのはお隣の怖いおばさんの犬。雑種でいつも繋がれてるけど、僕を見ると甘えたように鼻を鳴らす。
「タロウ、ハムを持ってきたよ! おばさんには内緒だからね?」
僕はハムをタロウに投げる。僕の手とタロウの鎖は短いからお互い手が届かない。触ることも出来ない。
しかもこの行為っておばさんに見つかると怒られるんだよね。
「お前、ちゃんと散歩とかして貰ってるのか?」
ハムを夢中に食べるタロウに話しかける。タロウは何も言わない。
暫くタロウを見ていると、お母さんの僕を呼ぶ声が聞こえた。きっとおやつの時間だ。
「タロウ、またね」
僕は尻尾を振ってハムを食べるタロウに言った。タロウは見向きもしなかった。
稔くんは僕と同じ町内に住んでいる。だからか夕方とか買ったばかりのチワワの散歩がてらうちに来ることがある。
ほら、今日もまた来た。
「優太、遊びにきたぞー」
稔くんは僕が犬を欲しがってるのを知ってる。だからこうして見せびらかしに来るのだ。
「ほら、可愛いだろ。うちのロビン」
稔くんはロビンを抱き上げて僕に見せる。
稔くんは本当に嫌な奴だ。昔からそう。僕が欲しいものを持っていて必ず見せびらかす。
「そうだね。可愛いね」
稔くんは嫌な奴だけど稔くんの言うとおりだ。確かにロビンは可愛い。つぶらな瞳に小さな体。この尻尾だって。
「そうだろう、そうだろう。お前の隣の犬とは大違いだろう」
稔くんはえっへんと威張った。
「タロウだって可愛いよ」
ムッときて思わず反論。
「でもあいつ臭いじゃん」
「え?」
稔くんの思ってもみない反論で僕は驚いた。
臭い? 僕は全然感じないけどな。
「超臭いよ! お前、毎日嗅いでるから鼻おかしくなっちゃったんだよ」
僕には訳がわからなかった。だってそんなこと感じたことないし、鼻だって正常だ。
稔くんを送る時、改めてタロウの臭いを嗅いでみた。まぁ、ロビンみたいにお風呂に入ってるわけじゃないから決していい匂いではない。
でも言われてみれば確かに臭うような? 何の臭いか解らないけど。
タロウの臭いは日に日に強くなっていった。お母さんやお姉ちゃんも何かお隣臭くない? と言うくらいに。
そもそもタロウはちゃんと散歩に連れて行って貰っているのだろうか。僕は心配になった。
最近タロウが歩いているの何か見ないぞ。稔くんもいち犬好きとしてタロウのことを心配していた。うちに来るたびに
「タロウ、大丈夫なの?」
と聞いてくる。稔くん曰わくタロウの臭いは犬らしい臭い臭いに何か変な臭いが混じってるとのこと。
その変な臭いの正体は父さんが直ぐに突き止めた。
「隣の家、臭い理由がわかったぞ!これは糞尿の臭いだ!」
仕事から帰ってきた父さんはただいまも言わずにそう言った。
僕とお姉ちゃんはテレビを見ていたが、父さんを見た。夕ご飯の支度をしていた母さんも父さんを見た。
「俺はこの目で見たんだ!あの庭に糞が落ちているのを!」
父さんは声を上げた。皆、父さんを見ただけで何も言わなかったからだ。お隣さんの庭は雑草で覆い尽くされている。
雑草が伸びに伸びているから地面何て見えない。この辺りにはノラ猫もノラ犬もいないから、この臭いの原因が本当にそれならタロウのって事になるけど。
でもタロウはそんなことするのかな。人間に例えるなら漏らしちゃったと同じじゃん。
タロウは若い犬だし、散歩に連れて行って貰ってるならそんなことないと思うんだけどな。明日稔くんにでも聞いてみよう。もしかしたらもしかするかもしれないし。
「て、いうかお父さん。そんなに自信があるならお隣さんに言えば? 臭いんですけどって」
テレビを見ながらポテトチップスを食べているお姉ちゃん。
最近太ったからダイエットするって言ってたのはどうなったんだろう。そんなこと言ったら怒られるから言わないけどさ。
「何を言うんだ。お隣さんはこの町内の主だぞ。そんなこと言ったら大変なことになるぞ」
お姉ちゃんは父さんのその言葉を聞き、口を紡いだ。
お姉ちゃんはお隣さんの苦情をもろに受けたことがある。ピアノが五月蝿いと怒鳴られたんだ。
「もう暫く様子を見よう。あんまり酷ければ言いに行けばいい」
お父さんの言うとおりだけど、タロウはそれまで無事でいるかな。
次の日の学校で、タロウのことを稔くんに報告した。
多分散歩に行ってないんだと思うって言ったら稔くん、凄く怒ってた。稔くんは毎日ロビンの散歩に行ってるもんね。
「優太のお隣さんてどんな人?」
まるで犬を飼う仕方がないというように憤慨する稔くん。
稔くんは嫌な奴だけど、こうゆうところは嫌いじゃない。
「すっごく意地悪な人」
僕はそう言って、お隣さんのことを話した。
そしたら稔くんはまた怒った。先生がどうしたの? って聞いてくる程怒った。
「最悪だな、そのお隣さん。絶対意図的に散歩に連れて行ってないよ」
声を小さくしてまだ怒ってる稔くん。
そう言えば稔くんて昔は弱い犬とかいじめちゃう子だったけど、ロビンを飼って変わったんだね。
そもそも何で稔くんの家は犬を飼ったんだろう。高いお金を出して。
「稔くんはどうして犬を飼ったの? どっちかっていうと稔くん、犬嫌いだったじゃないか。いじめてたし」
僕がそう聞くと稔くんは恥ずかしそうに俯いた。
「初めは弟のためだと思ってた。犬欲しいって言ってたし。でも俺のためだったんだ。
俺が近所の犬や猫、弟をいじめてたから。それで父さんが弱いものを身近に感じればいじめないだろうと思って買ってきたんだ。
父さんの勘は当たってたよ。今じゃすっかりロビンにハマっちゃって動物好きになったし、弟も可愛がれるようになったよ」
稔くんは照れ笑いをした。そうか。そうゆうことか。稔くんが最近優しくなったのは。
「よし! タロウを助けに行こう! 俺たちでタロウを助けるんだ!」
「え!?」
急な稔くんの提案に僕は驚いた。
だけど、タロウを助けるためにはそれしかない。もし、タロウがもっと酷い目にあったら、と思うと僕は耐えられないよ。
「うん。放課後、文句を言いに行こう」
「おう」
少し怖いけど、タロウを助けるためだ。怒られても我慢するしかない。
僕と稔くんは、すぐにお隣に行き、インターホンを押した。
相変わらず臭い。タロウは尻尾を振って、僕たちを歓迎してくれたけど、何だかタロウのごはんの器の回りを虫が飛んでいる気がする。
「誰だい?」
お隣さんは、カーラーっていうのかな。それをつけたまま、ひょっこりと顔をだした。
目つきが悪く、明らかに悪そうな顔をしている。
「おい! お前、タロウを散歩に連れて行ってないだろ! お前に犬を飼う資格なんてない!」
稔くんは、お隣さんを指さして言い放った。
お隣さんの顔が歪んだ。きっと怒っているのだろう。だけど、僕も言わなきゃ。タロウを救えない。
「僕は、最近おばさんがタロウを散歩に連れていいっている所をみない! タロウを苦しめるな!」
「はぁ? なんなの? うちの犬をどうしよが勝手でしょ。それとも、何? うちの犬を引き取りたいっていうのかい? それもいいねぇ。
ちょうど愛護センターに連れて行こうと思っていたんだ。臭くてたまらないからねぇ」
おばさんは意地悪そうににたぁっと笑った。稔くんが悔しそうな声を出した。
そう言われてしまえば、僕たちは何も言い返せない。だって、僕たちは親が良いと言わなければ何もできない。
「いいわ。引き取りましょう。だけど、今後一切この子には関わらないで下さい!」
僕たちが困っていると天の声が聞こえた。いや、天の声なんかじゃない。これは……。
「お母さん」
「優太のママ」
僕たちの後ろの僕たちの声を聞いて駆け付けたのか、お母さんが立っていた。
お母さん、物凄く怒っている気がする。そういえば、いつもお隣さんには怒っていたっけ。
「あらあら、神田さん。ちょうどよかったわ。この犬、もういらないと思っていたところだし。
神田さんがそう言ってくれるなら、いくら払ってくれるの? いままではウチで面倒みてきたんだしねぇ」
何て奴だ! 可愛がってもいないのに、お金を要求するなんて!
稔くんもふざけんな! って叫んでいる。だけど、いたってお母さんは冷静だ。
「お金は払いません。タロウを散歩に連れていってないんでしょ? 動物虐待で訴えることもできるんですよ」
「くっ……。勝手に連れていきな!」
おばさんは、ぴしゃりと窓を閉めた。お母さんが勝った。しかも、タロウを飼える!
ずっと犬が欲しかった。稔くんのロビンと一緒に散歩とかしちゃって、僕の犬ライフが始まるんだ!
「良かったな、優太」
稔くんはニっと笑った。
タロウは家族に歓迎された。お父さんにも、お姉ちゃんにも。
お隣さんが何かまたしてこないようにと、お母さんの計らいでタロウは家の中で飼うことになった。
僕たちは、お隣さんと違って、散歩にも行ったし、タロウもすごく喜んだ。
お母さんが、たまにお隣さんがウチを覗いているっていうのを聞いたけど、タロウが吠えて追い払ったらしい。
それいらい、お隣さんとはまったく関わらなくなり、タロウはうちの家族になった。家族が増えて、また賑やかになった。
でも、相変わらず稔くんは、ロビンを自慢してくる。いつものように、散歩中にウチによって、タロウと一緒に散歩しているときも。
タロウとロビンもすっかり仲良しになったけど、稔くんは相変わらずの稔くんだった。ほら、今日もまた、稔くんがやって来る。
>>モドル|
2012.10.13
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