ロボット作りの苦悩
(ゆるゆるSF企画2参加作品)



先生は、ロボットを作る腕では一番だった。だからこそ、おれも先生に憧れて、先生が教鞭をとっている大学に入り、院に進み、そのまま先生の研究所に入った。 だから、かれこれ先生とは数年一緒にロボット作りをしているわけなんだが、先生はいつも苦しそうな顔をしていた。大学で教鞭をとっているとき以外。

「先生、いつものところから電話です」

先生のところには、いつもどんなロボットを作ってほしいとかいった電話が必ずかかってくる。その電話ととり、先生に取り次ぐのもおれの大事な仕事だ。 その日も、おれは先生にいつものように電話を取り次いだ。先生は受話器をじっと見つめ、一瞬だけ浮かない顔をした。

「いつものところ?」
「はい。いつものところです」
「わかった……」

そんなやり取りをして、先生はやっと受話器をとった。きっと、いつもの人からのいつもの要望。 先生は、その要望をずっと断り続けている。だけど、先生には奥さんも子供もいて、最終的には相手に押し切られることになる。いつもそうだ。

「……わかりました。出来る限りのことは、やってみます」

先生は受話器を持ったままペコペコと頭を下げ始めた。あぁ、やっぱりいつものパターンだ。先生は、結局今回も断れなかった。

「はあ……」

深い溜め息をつく、先生。最近、先生は溜め息ばっかりだ。出会ったころの先生は、もう少しキラキラしていた。 なのに、今ではすっかりくたびれてしまっている。少し、小さくなった気もする。ちゃんと休めているのだろうか。

「先生……」
「大丈夫ですか? 歌を歌いますか?」
「それとも、お花を持っていきますか?」

先生の溜め息に反応したのか、いつもここにいる2体の男女の子供ロボットが先生の隣にやってきた。 先生が、落ち込んだり疲れたりしているとこの2体はいつもこうやって傍にくる。話しに聞くところ、先生が初めて親から買ってもらったロボットらしい。 それを壊れたら直して、ずっと使い続けている。

「大丈夫だよ、大丈夫」

先生は、2体の頭を撫でた。疲れた笑顔で。本来、先生が作りたかったのは、この2体のようなロボットだ。 2体は歌を歌ったり、花を植えたりして人の心を癒す。そんなロボットを作りたいって、先生は言っていた。 だが、現実は違った。先生は、人の人生を狂わせたロボットを作っている。先生の作ったロボットのせいで、家族を失った人もいれば、仕事を失った人もいる。 そんなことがあったのにもかかわらず、世間は先生が作ったロボットを求めている。それだけ、先生のロボットは高性能なのだ。だからこそ、おれも先生を選んだわけで。

「先生、今回はどんなロボットを……?」

おれが、そう尋ねると、先生は2体のロボットから目を離した。少し、悲しそうな顔で笑う先生。 あぁ、聞かなければよかったとも思ったが、これも仕事だ。何を作るのかわからなければ、仕事にならない。そんなことになったら、 先生の作ったロボットのせいで失業した人たちと同じになる。

「いつもと、同じだよ」

そう言った先生は、やっぱり悲しそうな笑顔だった。




先生には、子供が2人いる。女の子2人で、双子じゃない。もちろん、奥さんもいる。 奥さんは働いていなくて、まだ中学生そこそこの子供達の面倒をみている。先生と奥さんは結婚も遅ければ、子供が出来るのも遅かった。 ロボットになんかに夢中になっているからだ、と奥さんの親御さんに言われたと。先生は前に話してくれた。苦笑いしながら。

「また、暗い顔をしているの?」

先生が研究所から家に戻ってくると、奥さんはすぐに先生の様子に気づいた。奥さんは先生の夢を知っている。それでいて、不本意なロボットを作っていることも。

「あなたは、あなたの作りたいロボットを作っていいのよ?」

奥さんは、そう言ってほほ笑んだ。だが、先生は少し笑っただけで、相変わらず暗い顔をしていた。

「ありがとう。今日は、もう疲れた……。部屋で、もう休むよ」
「わかったわ。ゆっくり休んで」

先生は、奥さんのキスを頬に受けて部屋に行ってしまった。休んだだけで、先生の疲れはとれるのだろうか。 もしかしたら、休むとは言っているが寝ていないのかもしれない。先生は、たまに目の下に凄いくまを作って現れることがある。
奥さんと挨拶をし、おれも部屋へと帰る。先生の家の一室を借りているのだ。先生がこの方が便利だからと貸してくれた。 と、いってもおれはもっぱら研究所にいることの方が多いのだが。おれには、まだ勉強しなければいけないことがたくさんある。

「先生、大丈夫かな……」

ベッドに倒れるようにダイブし、呟いた。誰もいない部屋には大きく感じた。 前に、奥さんが話してくれたけど、奥さんは先生の夢を聞いて先生を好きになったらしい。 だから、きっと奥さんは心から先生のやりたいことを応援している。けど、先生の気持ちもわかる。 この家では、先生しか働いていない。娘さんたちも、これからがお金がかかるときだ。少しでも蓄えを多くしたいんだろう。 いざとなったときのために。いざっていうときは、それこそいつくるかわからない。もしかしたら、明日かもしれない。先生は、それに備えて、せっせと働いている。

「多分、明日また電話くる気がする」

1人になると、独り言が多くなってしまう。これは、おれの悪い癖だ。
出来る限りのこと。先生は確かにそう言った。でも、今の先生にそれが出来るのだろうか。 あんなに疲れ切った先生に。確か、他の所から催促の電話も来ていたはず。早く作ってくれと。何体か頼まれ、催促され、変更の電話だってくる。 もしかしたら今日の電話も変更の電話かもしれない。新規かもしれないけど。なんせ、おれは今日は電話の内容までは聞かなかったから。 いつものロボットを作るその手伝いをするのがおれだ。




「はい、申し訳ありません。はい、はい……」

 研究所に行くと、すでに先生はいて、電話をしていた。受話器をもったままぺこぺこと頭をさげている。いつもなら、挨拶をして入っていく。 今日は先生が電話をしているので、挨拶はなしだ。

「申し訳ありません。それは……」

ずっと頭をさげている。あれは、多分催促の電話だろう。いつもより低姿勢だ。電話が終わると、先生は深く、長い溜め息をついた。

「大丈夫ですか? 歌を歌いますか?」
「それとも、お花を持ってきますか?」

すぐに先生のそばに駆け寄る2体の双子ロボット。先生は、その2体に向かってほほ笑んだあと、おれの方を向いた。

「今から、依頼主がくるから……、少しあたりを片付けてくれるかい?」

ああ……。先生の目の下にクマがある。昨日は、結局眠れなかったのだろうか。 自分の作りたくないものを作る先生は、一体どんな気持ちなんだろうか。しかも、きっと今日はその催促に来るのだろう。

「……わかりました」

といっても、おれは余計なことには口出せない。これからの事は、先生が決めることだと思うし。 だから、ただおれは先生の指示に従うだけだ。だけど、おれだって先生の奥さんと同じ気持ちなんだ。人を癒すロボット。それを作りたくて、おれは先生についてきたのだから。
暫くすると、秘書ロボットが高級スーツに身を包んだ男を連れて来た。 かぶっている帽子を取り、男は先生に頭をさげると、男の剥げ頭がおれたちの方に向いた。その頭を隠すためか、男は頭をあげるとすぐに帽子を被ってしまった。

「それで、先生。ご依頼したものは出来ましたでしょうか?」

朗らかに、だがどこか威圧的に男は微笑んだ。やはり、催促にきたのだ。

「も、申し訳ありません……」

先生は、深々と頭を下げた。男は、そんな先生を見て、深い溜め息をついた。

「もう、何やっているんですか。ご依頼してからどのくらいたっていると思っているんです? うちの方の準備は出来ているんです。あとは、先生のロボットだけですよ」
「申し訳ありません……。あの、ですが、その作業ならロボットでなくても出来るのではないでしょうか……」

先生が顔をあげた。男は先生を呆れたように見た。

「わかっていませんね。人件費の削減ですよ。知っています? 人件費って意外とするんですよ? だからこうして先生にロボットを頼んでいるんです」

エラそうな男。ビジネスマンというのは、皆こういった態度なのだろうか。おれは、何だかイライラしてきた。

「あの……、理由はわかりました。ですが、その……、そこで働いていた人たちは、これからどうなるのでしょうか……?」

おずおずと、言いにくそうに先生は初めてその言葉を声に出した。自分が作ったロボットで多くの人が不幸になる。 職を失う。随分前に、職を失った人の奥さんから匿名の手紙が来たこともあった。おれは、あのとき先生がおれに何て言ったかいまでも覚えている。

「はぁ? そんなの知りませんよ。やめた先のことなんか。だいたい使えない人間を解雇するんです。 使えない人間はどこでも解雇されるでしょ? そんな人たちのことは考えずに、先生はうちの会社のことを考えてくれればいいのです! そうすれば先生にだってお金は入りますし、 名声だって手に入るでしょ?」

ふんと鼻をならす男。自分のことしか考えてない男。こいつは、弱い立場に人間のことを考えたことがあるのか? おれは思わず怒りで震えそうになった。

「あの、申し訳ありませんが……。今回のご依頼はお断りさせていただきます……」
「はぁ!?」

おれは思わず目を見開いて、先生のことを見た。男の物凄い驚いた反応。無理はない。先生は俯いていたが、顔をあげ、まっすぐ男のことを見た。

「私は……私は! 人の職を奪うような、そんなロボットは作りたくありません!!」

言った! ついに! 先生が!! 自分の想いを口にした! 男はハトが豆鉄砲をくらった顔をしている。なんだか、物凄くすっとした気分だ。

「あ、あなたは! 何を言っているんですか!! いいですか! うちは一流企業です。断ったら、どういうことになるか、責任はとりませんよ?」

男は脅すように先生に言う。どこまでも卑劣な奴だ。

「貴方がたにも、責任を取るなんて言葉があったんですね……。私は、もう……人の生活を奪うようなロボットは作りません」

先生は、強いまなざしで男のことを見ていた。

「……わかりました。この件は上にも伝えますので。それでは!」

男の口調が強くなる。歩き方も、どすどすと。怒っていますと、明らかに態度に出ている。きっと、もうあそこからは、催促の電話はこなくなるだろう。

「あなたは、私のように……人の何かを奪う、ロボットを作ってはいけませんよ」

そうおれに、あの時を同じ言葉を言った先生は……晴れやかな笑顔だった、



>>モドル|

2014.11.9