Happy cooking


今から書くことは、1人の青年の身に起こったひと夏の出来事、もといひと秋のできごとである。青年の名前は、本田頼彦(ほんだ よりひこ)。都心の大学に通う2年生だ。彼は、アパートで1人暮らしをしていた。もちろん、そのアパートは学生専用ではなく、学割が効くが一般人もいるどこにでもある普通のアパートである。実家が大学から通えない距離にあるわけではない。確かに、実家から学校は遠いが、彼が1人暮らしをしているのは、1人暮らしがしたかったからである。
しかし、彼は家事などしたことがない。この狭いアパートの部屋でさえ、つねに散らかっていた。そんな掃除も家事もできない頼彦においしい料理が作れるはずがない。だが、2年生の秋にめんどくさいことが起きた。

その日は日曜日だった。久しぶりにバイトも休みで、家で寝ていた頼彦だが、朝10時くらいにインターホンの音で起こされたのだ。頼彦は寝ぐせでぐちゃぐちゃな髪をおさえつけ、黒ぶち眼鏡をかけ、あくびをしながら玄関に向かった。そこには、大家さんの女性とランドセルをしょった男の子がいた。

「どーしたんですかー?」

頼彦は眠そうな声で問うた。昨日、遅くまでパソコンで遊んでいたため頭がまだ起きていないのだ。

「あのね、頼彦くんに頼みたいことがあるの。この子は上の階に住んでいる上島葵(かみじま あおい)くん。一昨日お母さんが、事故で亡くなって、親戚も行くところがないの。それで、頼彦くんは1人暮らしでしょ? 家賃半分にしてあげるから、しばらくここに住まわせてあげてほしいのよ」

エプロン姿でぽっちゃりとした大家さんがそう言った。この姿はまぎれもなく主婦だ。だが、そんな大家さんの言葉で、頼彦の頭は一瞬で覚醒した。

「お、俺が!!? 家賃半分は嬉しいっすけど、俺家事できないんで困りますよ!!」

頼彦は体全体で拒否した。こんな俺にいくら、頼るの字が名前にはいっていても、子供のめんどうをみることなんて、できないと。

「大丈夫よ、葵くんのお父さんはいま転勤中で海外にいるんだけど、お母さんのお葬式までには帰ってくるわ。でも、またそのあと仕事が残ってるから海外に行っちゃうんだけど、そうね。1週間から2週間くらいかしら? お母さんのお葬式は水曜日で、おつやは火曜日よ。頼彦くんも参列してね」

どうやら大家さんは頼彦の拒否などおかまいなしだ。葵をさっさと部屋にいれ、ドアを閉めると「お願いね」と一言残して、さっさと帰ってしまった。頼彦はしばらく固まっていた。

「汚い部屋だね」

いつのまにか、靴を脱ぎ居間にあがったのか、葵がそう言った。頼彦はそういえば誰かが事故ったと回覧板にかいてあったなと思いだしていた。



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