Happy cooking


次の日、葵は昨日のことが嘘のように普通に学校に行った。葵は、自分が日本を離れることをちゃんと知っていた。きっと、泣きつかれて寝る前に言われたのだろう。
一方頼彦は、大学をサボり懐かしの我が家に朝から電話をしていた。

『あら、頼彦じゃないの。どうしたの? こんな時間に』

電話に出たのは頼彦の母親であった。もちろん、今日は朝の授業はないんだよと頼彦は嘘をついた。

「あー、あのさ母さんの作るハンバーグってなんであんなに美味しかったんだ?」

頼彦は、嘘をついたあと単刀直入に聞いた。もちろん、母親は不思議そうにしていた。

『めずらしいわね? あんたがそんなこと聞くなんて。まぁ、いいわ。それはね……』

頼彦は、もちろんメモをとった。そして、さっそくハンバーグつくりの練習に入った。葵が帰ってくるまでに、何としても美味しいハンバーグを作る! それが頼彦の今日の目標だった。
キッチンはめちゃくちゃになった。何度も失敗した。特に、ハンバーグにかけるソースつくりが難しかった。そう、頼彦の母親はソースも手作りだったのだ。もちろん、他にも秘訣はあるのだが……。
そして、外ももう暗くなってきたころ。

「できた!!!」

ついに、美味しいハンバーグが完成した。もちろん、それにサラダや味噌汁、ご飯もつけた。

「ただいまー」

と、同時に葵が学校から帰ってきた。今日は、学校の友達とお別れパーティー的な遊びをしていたのか、少し帰りが遅かった。葵は、なんだかいい匂いがするのに気がついた。

「もうご飯なの?」

葵は何か手伝うことはないかと、キッチンにいる頼彦のところに来た。だが、もう手伝うことは何もなかった。もちろん、失敗作のことは内緒で最近このへんに住みつくようになった猫にあげた。

「今日のハンバーグは自信作だぞ! まぁ、お前の母さんのように美味いハンバーグではないかもしれないが……」

頼彦がそう言い、2人は食卓についた。葵がここに来て初めて食べた夕食と同じようなメニュー……だけど、何かが違っていた。

「いただきます」

前回のこともあり、葵はおそるおそるハンバーグにハシをのばし、そして口の中に入れた。頼彦は、その葵の行動と一部始終ドキドキしながら見ていた。
葵は何も言わずにハンバーグを食べた。頼彦も味がどうかについて聞くことはなかった。2人は、ただ黙って夕食を食べた。
そして、次の朝葵の父親が言っていたとおり、学校のこととか飛行機のチケットとか色々な手続きをすまし、頼彦の家に葵を迎えにきた。

「葵、ちゃんと挨拶しなさい」

葵の父親は頼彦にお礼といわゆる粗品を渡したあと、葵にそう言った。葵はしばらく黙っていた。

「……ハンバーグ、ありがとう。美味しかったよ」

しばらくして、葵はそう言って笑った。頼彦は、何だか恥ずかしくなった。

「お、おう。またな」

頼彦も、そう言って笑った。頼彦は葵が見えなくなるまでそこにいた。葵も、頼彦が見えなくなるまでふりかえり、手を振っていた。
しばらくの間預かることになっていた少年は、思ったより早めに父親のところに行き、日本を発った。


ちょっぴり、切なくそして優しい出会いがもたらした、あのハンバーグのレシピは2人の宝物。もちろん、このレシピはどんなものかは内緒の話。
こうして、頼彦のひと秋の出来事は終わった。ちょっぴり切なく優しいあのハンバーグの味は葵は今でも忘れていない。
そして、2人だけの秘密のレシピは頼彦が社会人になり家庭を持った今でも残っている。



また、2人が出会うまでの内緒のレシピ。




それが、Happy cooking.




END




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完結いたしました。結構予定より、短くしました。
そもそもこの話は、本屋でバイトしているときに料理の本を買っていった大学生がいたので、そこから思いつきました。
うむむ、最後が微妙ですな。

実はこの2人のような青年と少年の関係って好きなんですよね。
ハンバーグのレシピは秘密です。

2008.6.9