Happy cooking


結局、葵に美味しいと言われることなく告別式の日がやってきた。頼彦がこっそり料理の練習をしていたのはもちろん葵には内緒だ。
式は近くの葬儀場で行われた。もちろん、頼彦も葵も他の人も黒っぽい服を着ている。葵の母親はたくさんの人に好かれていたのかたくさんの人が訪れ、皆すすり泣いていた。葵は頼彦の服の裾をつかみ、ただそこに立っていた。

「葵」

そんな悲しみで包まれたこの中に1人の背広を着た男性が笑いながら近づいてきた。葵はその男性を見上げたが、頼彦の服を離さなかった。

「……お父さん」

頼彦には、葵が泣いているのかと思った。声が震えていたから。だけど、泣いてはいなかった。

「あぁ、君が頼彦くんだね? 大家さんから話は聞いてるよ。色々と迷惑かけたね」

葵の父親は、頼彦に笑いかけた。さすが、出来た子の葵の父親だけあって、ちゃんとした人だった。きっと、母親も素敵な人だったんだろうなと頼彦は思っていたが、それを知るすべはもうなくなっていた。
それからしばらくした後だ。金ぴかな霊柩車が到着し、葵や葵の父親は家族と最後の別れをすることになった。
頼彦は、葵の母親を初めて見た。いや、同じアパートに住んでいるんだから、きっとすれ違ったことなどはあると思うが、意識して見るのは初めてだった。
葵の母親は青白い顔をしていたが、綺麗な人だった。まわりには、花が敷いてありまるでどこかのアニメのお姫様かよと思ったが、葵の母親はその花がとてもよく似合っていた。
会ったことのない人だけど、死んでいるんだと思うと頼彦はどこか切なくなった。

「……」

葵はそんな母親をじっと見ていた。そして、葵の母親は霊柩車に乗せられ火葬場に向けて出発した。頼彦たちは、マイクロバスにのりあとからついていく予定だった。しかし……

「お母さん!!!」

葵が急にマイクロバスに乗るのをやめ、霊柩車を追いかけ走り出したのだ。

「「葵!!?」」

頼彦と葵の父親の声がかさなる。2人は葵の後を追った。

「お母さん、お母さんっ……!!」

葵は走り続けた。まるで、走れば母親が戻ってくるかのごとく。歩道のない路側帯と車道の道路に行っても走り続けた。

「葵っ!!」

捕まえたのは、頼彦だった。

「お母さん!! お母さんが、いっちゃう!! お母さんがっ……!!!」

葵は声をあげ、泣いていた。
葵はいくら出来た子でも、まだ小学生で母親が必要な歳だということを、頼彦は痛いくらいに実感した。
もしかしたら、葵は母親の死というものを受け入れてなかったのかもしれない。突然いなくなってしまった母親。そんな母親と永遠の別れをしても、まだ母親の死が受け入れられない。なぜ、死んだのが自分の母親なのかを認めることが出来ないのだ。

「お父さん!! お母さんが、お母さんがっ!! だって、お母さんハンバーグ作ってくれる約束したっ!! 今日はハンバーグにしようね、って約束したんだ!!!」

葵は、父親の服をつかみ泣きじゃくった。まるで、世界の終りの如く。
頼彦は、後悔した。今までにないくらい後悔した。あの日、あんな不味いハンバーグを作ってしまったことを。

「葵……」

葵の父親は、泣きじゃくる葵を抱きしめた。そして、手をひきながらマイクロバスに戻り、家族は永遠の別れをした。
葵の母親は骨だけが残り、煙となって空へとのぼっていった。葵は、その間ずっと泣いていたため、お別れが終わったあとには泣きつかれて眠ってしまっていた。

「頼彦くん。仕事関係なしに、日本を発つときに葵も一緒に連れて行こうと思うんだ。こんな状態の葵を1人にはしておけない」

頼彦の家につき、葵を布団に寝かせながら葵の父親が言った。葵の頬には、涙の痕があった。

「それ、いつなんですか?」

1週間から2週間くらいだと大家に聞いていた頼彦は問うた。
どうやら、葵の父親は日本にいる間はホテルを予約しているらしい。

「明後日の朝むかえに来るよ。転校のことも学校に行ってこなきゃいけないからね。あ、パスポートのことは大丈夫だよ。半年前、私の転勤が決まったときに葵は来たことがあるからね。それまでの間、葵のことをお願いしていいかい? ほんとは私がホテルに連れて行きたいところなんだが、ここから少し遠くてね」

葵の父親は少し苦笑しながら言った。頼彦は、その頼みに頷くことしかできなかった。



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