オリオン


「過ぎ去った過去はどうすることも出来ない。来るべき未来は大きすぎて、何が起こるか私たちにはわからない。 だからこそ、今のこの時に目を向けるんだ。私たちは今しか生きられない。明日どうなっているかはわからないのだから。 未来を変えるためにも今を生きなければならないのだよ」

男の人はここにいる全員に訴えていた。皆は、その話をただ黙って聞いていた。
この人を言うことは正しい。皆、わかっているはずなんだ。本当は。
この先の不安、過去の海。そんなことを気にしていても、俺たちにはどうすることもできない。 時間は止められないし、戻る事も進む事もできない。
何かをやるのも、何かを伝えるのも今しかない。決心するのは今しかない。逃げてばかりいてはダメなんだ。
男の人は俺を見た。

「オリオン、さっきは叩いて悪かったね。皆、君の友達もちゃんとわかっているよ。でも、どうにもならない時がある。 それは君も同じだろ?」

男の人は優しく語りかけ、俺の頭を撫でた。この人は俺のことを知っている。
でも、俺はこの人のことがわからない。それが悲しかった。

「無理に思い出さなくてもいいんだ。思い出せる、受け入れられる時期がきっと来る。 君はずっとオリオンだから。今も昔も、これからも。それは君の絨毯がよく知っているはずだよ? いつも君の傍にいる絨毯が」

男の人はにっこりと笑った。俺は脇に抱えている絨毯を見る。
俺の絨毯。俺が俺になった日から一緒にいる絨毯。多分、この絨毯は昔の俺も知っている。

「あの! 多分、貴方は俺のことを知っているんだと思います。俺も知らない昔の俺の事も……。 でも、俺は貴方のことがわかりません。だからっ……せめて、名前を教えてくれますか?」

こみ上げてくる何かがあった。悲しくて、切なくて、自分が不甲斐なくて……今にも泣きそうだ。

「タビト。私の名前はタビト」
「タビト……さん……」

その名を聞いた瞬間、あの海が遠ざかっていった。

「うわぁあぁん! オリオン、オリオン、ごめんよ!」

リゲルが泣きながら抱きついてきた。俺は反動で、よろめいたがしっかりと抱きとめた。

「ごめんよ、ごめんよ」

泣きじゃくるリゲル。俺はそんなリゲルの頭を撫でた。

「オリオン、ごめん。酷いこと言って……突き飛ばしたりもして……」

ペテルギウスが済まなそうな顔でそう言い、俯いた。

「俺の方こそごめん。それに、もう気にしてないよ」

俺はいつもの調子でニカっと笑う。そうすると、ペテルギウスも笑い、俺たちはハイタッチした。
そんな様子をベラトリックスが目に涙を溢れさせて見ている。

「もう! 皆、バカなんだから!」

泣いていたかと思ったら、笑った。皆で笑った。だけど、ポラリスはタビトさんのことを見ていた。

「さぁ、皆。俺たちの家に帰ろうぜ」

俺は絨毯を広げ、飛び乗った。皆、それに続いた。

「タビトさん。色々ありがとうございました。また、逢えますか?」

皆が乗ったのを確認すると、絨毯を浮かし俺はタビトさんにそう問うた。また逢えたら嬉しいな。
きっと、俺はまたタビトさんに逢いたいと思うんだ。

「いつでも逢えるよ」
「ありがとうございます!」

タビトさんの優しい笑顔。俺たちは段々と離れていくタビトさんに大きく手を振った。タビトさんも振り返してくれた。

「オリオン。あの人……タビトさん……ううん、何でもない……」

すばるを離れていく中、ポラリスがそう言いかけた。
そんなところまで言いかけたなら最後まで言って欲しい気もするが、多分俺にはその先を聞く権利はないと思うんだ。
タビトさんのことは、いつか自分で思い出すよ。


俺は一歩前に進めたと思うんだ。
まだあの木箱を開ける決心はつかないけど、もうあの海には囚われない。だって、俺は光を見たから。
俺はずっと俺なんだ。そんなこと、皆知っていることだよね。俺は、今も昔も、ずっとオリオン≠セ。



これで俺の話は終わりだけど、また会えるよね。だって、俺はあの木箱をまだ開けていない。
また会える、そう信じているよ。だって、俺たちには今しかないから。




END




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