オリオン


「そういえば、オリオン。儀式って一体何なの?」

暫く歩いていると、ベラトリックスが問うた。だいぶ、息は整ってきたな。俺も、皆も。

「俺も経験してないから、詳しいことはわからないけど。その儀式を受ける事によって魔力が増えるらしいんだ。 だけど、その儀式を受けるとすばるから抜けられなくなるって言われている。つまり、現実に帰って来れなくなるんだ。 でも、大人って俺たち子供のようにはいかないだろ? それで、魔力を持ったまま大人になった人は自殺しちゃったり、 欝になっちゃう人が多いってのを聞いたことがある。後は魔法を使って悪いことしたりとかさ」

初めてその話しを聞いたときは俺もびっくりしたさ。
そうだよな。すばるに導かれるのは皆子供で、すばるにも子供しかいないもんな。
三人も驚いているみたいだ。そりゃそうだよな。自殺とか聞いちゃったらびっくりするよな。

「おーっと、ここだ。ここ。この部屋だ」

このドアは見覚えがある。廊下を真っ直ぐ行ったところのドア。螺旋階段の傍で、いつも何かあるとここに集まってた。

「ずいぶんと大きいドアだね」

カノープスがドアを見て言った。確かにデカイドアだが、双子の家のドアもデカイよな。ドアっていうよりは門か? ここも。
星の住みかなんかは一枚のドアしかないけど、ここは二枚のドアがある。ほら、デパートとかの入り口みたいに。

「どうするの、オリオン?」

ベラトリックスが少し緊張した声で言った。もちろん、俺の答えはこうだ。

「そりゃー、突入あるのみ!」

俺は勢いよく、二枚のドアを押した。ドアが音を立てて開くと、中の視線が一斉に俺に注がれた。
やっぱりこの部屋だ。ドアは後ろにあって、たくさんの人がいる。
その人の前にはステージがある。ステージの上には、あのジイさんと、ペガサス座と俺の知らない男の人がいる。

「お、オリオン!?」

椅子に座っていたジイさんが驚いたように、椅子から立ち上がった。
俺は別に気にしなかった。俺は、三人を引き連れて中に入り、ペテルギウスとリゲルを探した。

「何だお前たち」

二人を探している間、すばるの子に悪態をつかれた。だけど、俺は気にしない。
二人を探すのが先で、キョロキョロと見渡してみると、背の高い奴とハリネズミ頭の奴を見つけた。ペテルギウスとリゲルだ。
俺たちは、人ごみを掻き分け、二人のところに行った。その間にも、散々舌打ちをされたりしたさ。

「今すぐ帰るぞ。こんなことバカげている」

俺がそう言うと、リゲルは怒ったのかムっとした。

「バカげてなんかないよ! オリオンにはわからないの? 魔力があれば、 もっと色々なことが出来るんだよ? 部屋を暖かくすることだって出来る! オリオンにはそれがわからないの?」

俺は少しだけ、カチンと来た。

「わかってないのはお前たちだろ? 魔力ばかりに頼って。現実に戻って来られなくても良いのか?」
「全員が全員、戻って来られないわけじゃない」

今度はペテルギウス。いや、違う。ここにいる皆が声には出していないが、そう思っている。そんな目で俺のことを見ている。

「お前たちは現実から逃げているだけだろ? 現実を見ろよ。アルカイドはちゃんとわかってたぞ。 お前たちも、現実を向き合えよ!」

そう声をあげると、静かになった。俺は間違っていない。でも、こんなこと俺が言えた義理でもない。

「いいよな、オリオンは。記憶がなくて」

ペテルギウスの声が沈黙を破った。その声が、セリフが頭の中で響く。何度も、何度も。
記憶がなくていいだって? 俺はペテルギウスの胸倉を掴んでいた。

「じゃあ、お前は! 俺が誰だか知っているのかよ!? 俺はどこで生まれた? 親は? 俺の本当の名前は!? 大体オリオン って本当は誰なんだよ! 俺が夢で見るあの海は一体何なんだよ!!」
「やめて! 二人ともどうしちゃったの!?」

海の話なんかしたってしょうがないってわかってるよ。でも、止まらないんだ。ペテルギウスも、俺も。
ベラトリックスの悲痛な声を聞いても止まらないんだ。

「そんなに言うなら、あのときあの木箱を開ければ良かっただろ! 俺は! 俺は、オリオンみたいに 強くないんだよ! 魔力があればなんだって出来る。魔力があればあのときだって、助けられたんだ!!」

ペテルギウスは俺を突き飛ばした。俺もペテルギウスも周りが見えなくなっていた。誰の声も聞こえなくなっていた。

「そ、そんなに魔力が欲しいなら、俺の魔力をやるよ! 魔力なんかなくたって乗り越えられるってこと。俺が証明してやる!」

俺は目を瞑った。集中するために、神経を研ぎ澄まさせるために。
そうすると、俺の体の中にある魔力がまるで、蛇口を捻った水のようにどんどん溢れ出し、ついには噴水のように噴出したのを感じた。
それから直ぐだ。ほっぺたに痛みを感じた。驚きで、捻った蛇口は止まり、魔力が噴出すのも止まった。
俺はジンジンと痛むほっぺたを抑え、目を開けた。目の前に黒い髪の男の人がいた。ステージの上にいた人だ。

「オリオン、早まってはいけないよ。君の魔力は生まれ持っていたもの。 その魔力を放出してしまったら、どうなるかわかっているよね?」

遠い昔でどこかで聞いたことのあるような声。その声を聞いた途端、俺の世界は変わった。
また海かと思った。だけど、違った。海は海でも、海の中ではなくて、俺は海から顔を出していた。 海から顔を出し、俺の目は本当の光を捉えた。
でも、俺にはそれが何なのかわからなくて、この人が誰だかわからなくて、泣きそうになった。

「皆、聞いてくれ。確かにこの儀式を受ければ魔力が増える。同時に、この儀式を受け自分を壊してしまった人がいるのも事実だ」

男の人はここにいる子供たちのそう訴えかけた。男の人は次にジイさんの方を見た。

「貴方だって知っているはずだ。自分を壊してしまった子供がいるのを。 魔力を持ったまま大人になった人がいるのを。何より貴方はこの儀式の本当の意味をわすれてしまっている。 ずばるが存在する理由すらも」

優しげな声。男の人は真っ直ぐにジイさんを見ていた。ジイさんは罰の悪そうな顔をした。



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