オリオン


「見て! 下にも星が広がってるよ!」

だいぶ上の方に来ると、カノープスが身を乗り出し、そう言った。下の星っていうのは、電気のことなんだろうな。
て、いうか、カノープスそんなに身を乗り出すといつか落っこちるぞ。俺は、また落ちないようにカノープスの服を引っ張った。

「ベラトリックスは、絨毯によく乗るの?」

上ばかり見ていたポラリスが、ベラトリックスの方を向いた。ベラトリックスは強張った表情でポラリスを見た。
気のせいじゃないと思うけど、ベラトリックス乗り込んだときと体勢が全然変わっていない。

「乗りたくもないわ! こんな、布一枚で! ベルトもないのよ? ただでさえ、 高いところだめなのに! オリオン! もう何でも良いから早く、そのすばるに着いてちょうだい!!」

ベラトリックス、怖さのあまりヒステリックになってるよ。

「後で文句言うなよー?」

俺はそう確認し、絨毯のスピードをあげた。そうすると、双子の楽しそうな声と、ベラトリックスの悲鳴が聞こえてきた。
だから、言わんこっちゃない。

「お、オリオン! スピード緩めて!」
「ダメ! オリオン、このまま行って!」

ベラトリックスの悲鳴に似た声と、ポラリスの楽しそうな声。そんな正反対のことを言われても、俺はどうすればいいんだ。
そう思いながらも、俺はスピードを緩めずにすばるを目指した。
そのおかげで、あっというまに空に浮かぶ城を発見し、すばるに着いた。
絨毯は城の前で、ハラリと落ちた。ベラトリックス、青い顔をして、口元を押さえている。

「最悪……酔った……」

気持ち悪そうにしているベラトリックスをポラリスが心配そうに顔を覗き込んでいる。何か、悪いことしちまったな。

「ベラトリックス、大丈夫か?」

俺はそう、しゃがみこんでいるベラトリックスに手を差し伸べた。ベラトリックスは目をそらし、俺の手を掴まなかった。
もしかして、俺嫌われちゃったのか……?

「大丈夫よ」

ベラトリックスは誰の力も借りずに一人で立ち上がった。

「にしても、本当にここは何も変わってないな」

本当に何も変わっていない。どこを見ても変わっていない。城も、何もかも。

「ベラトリックスは、すばるに来るの初めてだよね?」

カノープスがそうベラトリックスに聞いた。ベラトリックスは、さっきよりは体調はよさそうで、コクンと頷いた。

「私が思っていたイメージとは少し違うけどね」

一体どんなイメージをしていたのか。聞いてみたかったけど、何かまだちょっと機嫌悪そうだしな。

「お前たち、俺から離れるなよ。変わっていなければ儀式は城の中。皆が集まる広い部屋があるんだけど、そこでやっているはずだ」

俺たちは歩き出し、一番近くにあったドアから城の中に入った。城の中は静まり返っていた。

「わぁ。凄いね、中世ヨーロッパって感じがするね」

ポラリスが城の中をキョロキョロと見渡した。
そういえば、ポラリスがすばるはフランスにあるモンサンミッシェルに似ていると言ってたけど、どうなんだろう。
モンサンミッシェル俺は見たことないしな。

「確かに鎧とか置いてあって、そんな感じだよね。まさか、動いたりしないよね?」

長い廊下の隅に鎧が均等に並べてあるのを見て、カノープスがそう言った。
どうやら、俺たちが入ったドアは裏口みたいなとこだったみたいだな。入って角を曲がったら直ぐに廊下だもんな。

「ちょ、カノープス。やめなよ、オリオン! カノープスを止めてよ!」

ポラリスが前を歩く俺の服を引っ張り、鎧の方を指差した。その先には、鎧に触ろうとしているカノープス。

「お、おい! カノープス!」
「え? 何?」

既に遅く、カノープスは鎧の頭を持っていた。

「カノープス。勝手に触るな。何が起こるかわからないぞ?」

俺はカノープスの手から鎧の頭をひったくり、鎧に乗せた。

「だって、鎧なんて珍しかったんだもーん。まぁ、いいじゃん。先に進もうよ」

カノープスが俺の手を引き、鎧の背を向けた。

「ん? どうした? 二人とも凄い顔して」

前にいたベラトリックスとポラリスが、口をあんぐりと開けじーっと見ている。
最初は俺たちのことを見ているのかと思ったけど、何か違う。
俺たちの後ろを見ている? そう思っていると、ポラリスが口を開けたまま、俺たちの後ろを指出した。

「何だよ?」

俺とカノープスは不思議に思い、後ろを振り向いた。後ろには、鎧と壁しかないはずだけど……。

「って、うえぇぇえぇええ!?」
「よ、よよよよ、鎧が、動いてる!」

俺とカノープスは驚き、すっとんきょうな声を出した。鎧は、手に持っている斧を天にかざし、明らかに俺たちを狙っている!?

「あぶねぇ!?」

その斧が振り下ろされた瞬間、俺はカノープスを引っ張り、斧を避けた。
その斧が振り下ろされたのが合図となったのか、避けたのが合図となったのかはわからないが、 他の鎧たちも一斉に音を立てながら動き出した!

「ちょ、一体どうなってるの!?」

ベラトリックスがポラリスを引っ張って、俺たちのところに来た。
一ヶ所に集まった俺たちは、あっという間に鎧に囲まれてしまった。

「もしかして、ちゃんとした手続きを取らないで、城の中に入ったから鎧が動き出したのかも」
「でも、僕たちが来たときはこんなこと起こらなかったよ!」
「そのときは城の中には入らなかったらだよ。僕たち、城の中に入ったのは初めてじゃないか!」

俺がそう言うと、すぐにカノープスがそう返し、ポラリスが返す。
一体この場をどうやって切り抜けよう。あんな斧でやられたら、一溜まりもないぞ!

「初めての奴は大抵正面から入るしな。裏から入ったなんて、明らかに怪しい奴だろ。 城のセキュリティが動いてもおかしくない。そんなことより、今は逃げるぞ!!」

鎧が音を立てながら迫ってくるなか、俺たちは鎧が斧を振り上げているのを見計らって、体当たりを食らわせた。
体当たりをくらった鎧は倒れ、その近くにいた鎧も倒れた。俺たちはそのスキを見計らって、一目散に走り出した。

「ちょっと、オリオン! 鎧、後を追ってくるよ! 魔法でどうにかできないの!?」

逃げたのに、鎧は追ってきた。音をたてながら。ベラトリックスそんな鎧を見ながらそう言った。

「どうにか出来ない事もないけど……」

俺は立ち止まり、汗を拭った。冬だって走れば暑くなる。俺は鎧の方を向き、鎧に向かって手をかざした。

「オリオン、何するのかな?」

いつの間にかポラリスたちも立ち止まっている。出来るだけ、鎧を引き付けて……。
俺は手の中で小さな炎を作り、その炎を鎧目掛けて投げた。炎は俺の手を離れるとどんどん大きくなり、鎧を包んでいった。

「さ! 今のうちに早く!」

俺は呆然としている三人に声をかけ、また走り出した。

 暫く走った後、ベラトリックスが立ち止まった。体を二つに折り、苦しそうの肩で息をしている。鎧の姿は見えないな。

「オリオン、私っ……。もう、走れない……」
「そうだよ、オリオン。少し休もうよ」

ポラリスも立ち止まり、壁に寄りかかり、ずるずるとその場に座り込んだ。カノープスも、ぜいぜいと苦しそうに息をしている。
「そうだな。鎧も来ないし、歩いて行くか」

俺も息が切れていた。三人は、もう走りたくないのか、ほっとした顔をした。



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