冬 行 路


私の住んでいるこの世界は一年中雪が降っている。
だからといって、四季がないってわけじゃない。ちゃんと、春も夏も、秋だってある。
その中でも、冬が長いから、もしかしたら一年中雪が降っているって思うのかもしれない。よく考えれば、降ってなかった日もあったもの。
そして、この雪は春がこようが溶けないんだ。それは、雪の女王がここにいるからか、雪だるまたちのためなのか……。
でも、今はそんなことは関係ない。だって、この世界は五年前から春を奪われたから……。


私はその日、雪の上を必死に走っていた。走るたびに、雪に足が埋まる。でも、そんなの気にせずに走っていた。
だって、早く家に帰らなきゃ……あいつが大変なんだ。だけど、私は男の人みたいに足がそんなに早くない。
首からさげている雪の結晶のようなものと、両親の形見の花びらみたいな形をしている何かのカケラがゆらゆらと揺れている。
この二つは大切なもの。だから、失くさないようにこうやって、首からかけている。
そして、今は雪のカケラと呼ばれる雪の結晶が黒く光っている。
早く帰らなきゃ、急いで、早く! だって、黒く光っているときは、大抵あいつが大変な目にあっているんだもの!

「雪名!!」

小さな一軒家の前に来ると、私はそう言いながら扉を開けはなった。
昨日、扉の前だけでも、雪かきをしておいてよかったなって、心底思ったよ。
だって、雪かきをしないと、雪で扉が開かなくなっちゃうんだ。

「おう、小春。どうした?」

雪名は部屋のソファでくつろいでいた。私は靴を脱ぎ、ずかずかと家の中に入り、そいつに近づいた。

「雪のカケラが黒く光っていた。雪名、何かしたでしょ?」

私は家の中をキョロキョロと見渡した。別に異常はない。でも、絶対、何かやらかしたんだ。そうに決まってる。
雪のカケラは嘘つかないもの。

「あぁ。水を飲みにキッチンに行ったらやかんひっくりかえしちまった。別に対したことないぞ? そんなに熱くなかったし」

雪名はそう言い、右手を私に見せた。雪名の右手は火傷を負っていた。
自分で応急処置をしたのか確かに対したことはなさそうだが、雪のカケラが黒くなったってことは私にとってはぬるま湯のやかんのお湯でも雪名にとっては致命傷ってことだ。
やかんをそのままにして出かける私も悪いんだけどさ。

「バカ!! 何でやかん何かに近づくんだよ! 雪名は、熱に弱いんだよ? だって、雪だるまだから……」

この世界には四つの種族が住んでいる。人間と雪だるまと雪うさぎ。そして、雪の女王だ。
雪だるまといっても、だるまの形をしてなく、雪うさぎも同じで人間と同じ姿をしている。
唯一人間と違うとこは、熱や火に弱いところ。肌や髪が白いところ。目が青いところだ(雪ウサギは赤い目だけどね)。
その他にも雪だるまと雪うさぎなどで違うところはあるけど、それはおいおい話すことにしよう。
だから、今回のことは私も悪いんだけど、素直に謝れなかった。

「悪かったよ。だから、そんな顔するなって」

雪名は泣きそうになっている私の頭をなでた。その手は雪だるまだから、冷たい。だけど、私には暖かく感じる。

「いつまでも、子供扱いするな!!」
「でも、お前子供じゃん」

私はそう言って、雪名の手を払った。で、雪名はいつもそうやって笑って反論してくる。
そう。私はまだ成人していない。雪名とだって七歳の差がある。私は、たったの七歳だと思うんだ。私だってもう十五歳だし。
そろそろ対等に見てくれたっていいと思う。だって、私は雪名を……。
でも、もし対等に見たら今みたいに私の頭をなでてくれなくなるかもしれない。それは嫌だなぁ。

「それより、雪名。冬生(ふゆき)さんからの指令だよ。内容は教えてくれなかったけど……」

冬生さんっていうのは雪名の血をわけた正真正銘のお兄さん。もちろん、二人は純粋な雪だるまで親も純粋な雪だるまだ。
だけど、私は雪名の両親を一度も見たことがない。雪名も何も言わない。
だから、私は勝手に事故か何かで死んでしまったのだろうと思っている。それか、この雪だるまに出される指令で。
もし、違っていたら凄く失礼だと思うけど、雪名も話さないし、私も話さないから、真実はわからない。

「冬生から? わかった、行ってみる」

雪名はそうめんどくさそうに頭を掻いた。

「ねぇ、雪名。私、こんなこともう嫌だよ。違うところに移してもらおう?」

雪名は雪だるまの部隊の、実行部隊で、そのトップの冬生さんの出す指令はいつも危険なものだ。
と、いうより実行部隊は危険なことが多い。雪名の両親もここに所属していたらしい。これは冬生さんが言っていた。
とにかくこれは危険だ。だから、私は雪名にはもっと安全なとこに移ってほしかった。雪名が怪我とかしちゃうのは、凄く嫌なんだ。

「相手は雪名の苦手は炎を持っているんだよ?」
「でも、誰かがやらなきゃいけない。雪うさぎを守るのは雪だるまの仕事だ。実行部隊以外もそれをしている。どこだって同じようなものだよ」

雪名の言う通りだ。情報部隊とかだって危険なのは知っている。でも、少なくとも実行部隊よりは安全だと私は思っている。
だって、情報部隊は囮になったりしないもの。
雪だるまは純粋な雪だるまと人間との混血の雪だるまがいる。
だけど、雪うさぎは純粋な雪うさぎしかいない。雪うさぎは子供も作れないし、そして何より他と交わることができない。
そのためか、雪の女王をはずすとこの世界で一番数が少ない。もちろん、雪名が入っている組織に入っていない普通の雪だるまもいる。
雪うさぎたちは、唯一雪の女王と連絡がとれる。雪の女王の使いのようなものだから。そして、雪だるまより熱や火に弱い。
雪うさぎには人間の体温が高すぎるため、傍に長いこといることはできない。溶けてしまうから。だから、体温の低い雪だるまが守るんだ。
それに、雪うさぎには雪の女王と同じような不思議な力がある。だけど、その力を使えば雪うさぎたちは死んでしまう。
その不思議な力を使うのは雪うさぎ自身の身を守るときとされているけど、その力を使って雪うさぎは死んでしまう。
そんなことがバレたらこの世界は怒った雪の女王の雪でつぶされてしまうだろう。だって、雪の女王は雪うさぎたちを特別視しているから。

「でも、昔はそんなことなかったじゃないか。やっぱり私たちがいけないのかな……」

私はうつむいた。
雪うさぎたちを守らなくてはいけなくなったのは、人間が増えたから。
人間にはここは少し寒いんだ。昔は皆で共存していた。火を使うときは、少しばかり遠慮して使っていた。だから、共存出来た。
でも、今は……人間の数が増え、他種に遠慮をしなくなった。もしかしたら、増えすぎて遠慮する余裕がないのかもしれない。
数が増えると火も増える。それで、雪だるまたちは雪うさぎを守ることが、少しばかり危険になったんだ。どこに行っても、火があるから。
そして、人間たちはそれ以降も増え、ついにこの世界を自分たちのものにしようとたくらんだ。
そして、雪の女王を求め、雪うさぎを追いかけるようになった。そんな奴らから雪うさぎを守るのが仕事、いや雪の女王の怒りからこの世界を守るのが雪だるまの仕事なんだ。
前から続いている仕事なのに、私たち人間が増えたから、こんなにも死と隣り合わせな危険な仕事になってしまった。

「私も雪うさぎを守れたらいいんだけど……」

人間には他種を守る力はない。殺す力はあるくせに、守れないんだ。その理由は黒い心を持ってしまったから。
昔の人間たちはこの雪に、自然に、すべてに感謝した。だからこそ他種と共存できていた。だから、遠慮して生きていた。
他種が遠慮しているのも知っていたから。
だが、今の人間たちはそれに気付かずそして数が増え、他種を滅ぼそうと思った時点で白い心は煙のように消え去った。
そして、その利己主義で自分勝手な黒い心に覆いつぶされてしまったんだ。

「小春は気にしなくても大丈夫だよ。俺がなんとかするから」

雪名はそういい、また私の頭をなでた。嬉しくて、私は少し照れた。でも、やっぱり雪名のことが心配だった。
人間の中にもまだ白い心を残した人はいる。それは、雪だるまのパートナーになっている人。つまり雪だるまに認められた人だ。
その証が雪のカケラだ。雪のカケラは雪だるまの命の輝きともいってもいい。
このカケラで今、雪だるまがどんな状態でいるのかがわかる。もちろん、雪のカケラはすべての雪だるまが持っていて、渡す人も様々だ。
人間のパートナーだったり、恋人だったり、友達だったり、両親だったり、子供だったり。とにかく大切な人に渡すのが相場だ。
だから、私は雪名の大切な人になるのかな? そう考えると私は嬉しくなる。でも、本当のところどうだかわからない。
組織ではパートナーに渡すのが相場になっているから。

「でも、また……五年前みたいなことが起きたら……」

私は雪名を見上げた。雪名も私を見た。
あれは五年前の出来事。人間が白い心を失ったのも五年前だ。そして、私と雪名が出会ったのも五年前。
つまり、全ての始まりは五年前ってことだ。
五年前、人間によって多くの雪うさぎたちが殺された。雪の女王はすごく怒った。
雪うさぎは数が少なく、雪の女王の話し相手でもあるから。そして、世界が雪でつぶされるかと思った。
それによってたくさんの命が死んだ。私の両親も死んだ。雪名は、白銀の世界で一人泣いている私に手をさしのばしてくれた。
雪名はこのころから組織にいたけど、その前はそんなに危険なこともなかったと言っていた。人間たちが遠慮していたから。
それ以降、雪うさぎは死んでいない。代わりに雪だるまたちが死ぬようになった。そして、春が来ることがなくなった。

「ん、じゃあ。俺冬生のとこに行ってくるな」

雪名は笑った。

「うん、いってらっしゃい」

私も笑った。雪名は外にでて、(もちろん私も)ひらひらと手をふると家をあとにした。私は雪名が見えなくなるまで、手を振った。
早く春が来てほしい。私はいつもそう思っている。春が来れば雪だるまたちの仕事が楽になるから。



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