冬 行 路


「遅いぞ、雪名」

はじめに言っておく。こいつが実の兄だろうが、なんだろうが俺はこいつが嫌いだ。偉そうなところも、俺に似た顔も嫌い。

「小春は女だし、子供だしで足が遅いんだよ」

俺はそっけなく言った。別にこれは間違いじゃない。
小春は女だし、子供。それ以前に、小春には運動神経というものが皆無だ。本人に言うと怒られるけどね。

「まぁ、いい。今回の仕事はいつも通り雪うさぎを守ることだが……。 今回はいつもと違う。護衛ではない。雪うさぎは今日、雪の女王のもとへ行く。 が、先にお前が雪の女王のもとに行き、人間たちをだますんだ。 お前が奴らを引き付けている間に、雪うさぎは雪の女王のもとへ行くということだ。どうゆうことか解るな?  お前は赤いコンタクトレンズをし、雪うさぎになりすますんだ。奴らは雪だるまと雪うさぎの見分けかたは目だけだと思っているからな」

どうゆうことか解るな? だって? 解っているに決まっているだろう。俺だってバカじゃない。
それに、これはきっといつか言われるだろうと思っていたことだ。

「ようするに、雪うさぎたちの代わりに死ねと?」

俺がそう言うと、冬生は眉をよせた。面白い具合に、冬生の眉間にしわが出来た。
そして、この指令とともに多くの雪だるまたちが死んでいった。

「そうゆう事になる。出来ないとは言わせないぞ」

はいはい。解っているよ。俺だって、もう五年前みたいなことは嫌だ。そのせいで俺と冬生は二人になったんだから。
五年前みたいなことを防ぐには、誰かが犠牲にならなければいけない。それも俺たちの仕事だ。
嫌か? って聞かれたら嫌だけど、しょうがないことだ。

「誰もそんなこと言わねぇよ。俺だって五年前の悲惨さは知っている。でも、小春のことが気がかりだ。あいつはどうするんだ?」

俺がそう言うと、冬生は不機嫌そうな顔をした。まぁ、こいつはいつも不機嫌だけどな。
でも、俺がいなくなったら、本当に小春はどうなってしまうんだろう。あいつを一人残すのは、気が引ける。

「すぐに新しいパートナーがつく。雪だるまのパートナーの仕事は、ここに通い指令を雪だるまに伝えることだからな」
「そっか、なら安心だ。じゃあ、俺はカラコンとりに一回家に戻るからな」

俺はそう言い、この場所を後にした。
そう。パートナーは雪だるまの代わりにここに通う。
それは、雪だるまが怪我を負った時のためだ。怪我を負って家にいるとき、家で休んでいるときでもつねに状況がわかるようにパートナーはこの場所に通う。
何より、雪だるまがここに通うときに、人間に会わせないようにするっていうのもあるかもしれない。人間は人間を襲わないから。
小春は、俺が仕事を引き受けたことと、この仕事内容を言ったら泣くだろうか? あいつは心配症だ。
きっと、泣いて怒って止めるんだろう。そんな小春を可愛いと思ってしまう俺もいるけど、あいつを一人にさせたくない。
他の奴のパートナーになんか本当はなってほしくない。だけど、五年前、両親を失ったあいつは、一人になるのを一番恐れている。そんなあいつの傍にいたい。
白銀の世界で一人で、泣いていたあいつは、まるで俺が触れれば粉々に壊れてしまうんじゃないかと思うくらい、儚げで……。

『一人か?』

俺がそう聞くと、あいつは少し怯えながら頷いた。こんな雪の中子供が一人で、しかも女だ。
そんな子が死を選ばず、とにかく寂しくて泣いている姿はとても力強く、そして弱々しくも思った。
でも、ここにいたら人間は寒さのあまり眠くなって死んでしまうことを俺は知っていた。

『ほら、手だしな』

俺はこいつを自分のパートナーにしようと思った。人間は信用できないから、今までパートナーをつけようとは思わなかった。
だけど、俺は小春を選んだ。なぜそう思ったのかはよくわからない。運命としかいいようがないかもしれない。
あいつは、俺が渡した雪のカケラを受け取り、まじまじと不思議そうに見ていた。
そんなあいつの手首をつかみ、返事も聞かずに俺はあいつを連れて行った。
どのくらいこの雪の中にいたのだろうか? 家は壊れてしまったのか?
あいつの体は完全に雪のように冷え切っていた。それでも、眠ることなく生きていた。そんなあいつを、俺は綺麗だと思った。
俺はまだ、あいつに言っていないことがある。あいつには、泣いてほしくない。幸せになってほしい。
たった一言、俺はあいつに言うことすらできないのか? でも、この一言は言ってはいけない。言ったら、あいつが泣くから。
言わなくても泣くけど、言っちゃいけないんだ。言ってしまったら、また五年前のようなことが起こるかもしれないから。
俺はあいつへの罪悪感でいっぱいになった。



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