カクレンボ


賢人は、足がはやかった。博和が、全速力で走っても追いつけない。
犬の声がする方向へ、真っ直ぐ走っていく。

「賢人!!」

賢人が立ち止まる。肩を掴み、博和は息を整える。
賢人が立ち止まった場所は、あの森の前だ。

「ナツの声がする。ナツが、ボクを呼んでいる」
「おい! 賢人!」

賢人は、博和の手を振りほどき、森の中へと入る。
博和も、その後を追う。
瞬間。2人のいる場所は、神社だった。

「は!?」

博和が、あたりを見回す。明らかに、あの神社だ。こんな近いはずはない。 何よりも、あの神社は4年前に取り壊され、今では鳥居と小さな祠があるだけになっているはずだ。それなのに……。

「ナツ!!」

賢人が、本堂へと走りだす。そこには、1匹の柴犬。
犬も、賢人を見るや、尻尾を振りながら、賢人に飛びついた。

「な、一体どうなってるんだよ? うわっ!? 何で坪池の兄ちゃんがここに!?」

本堂から誰かが出てきた。博和は、思わず後ろへたじろぐ。中から出てきたのは、4年前の事件の犯人だ。
博和は、兄ちゃんと呼んでいるが、外見はすっかりおじさんになっている。この町を出て行った時の面影は、なくなっている。

「な、一体どうなってるんだ? 賢人?」

賢人のそばに行くと、賢人は真っ直ぐ本堂の中を指差した。
おずおずと、中を見ると、博和は思わず目を逸らした。

「これが、4年前の真実ですよ」

賢人の声が響く。本堂の中は、縛られて泣いている4年前の賢人と、その賢人のそばに目を見開いたまま倒れている柴犬。
見知らぬ男の子も、縛られている。

「最初は、ナツが。ボクを守ろうとしたナツが。それから、2人。あいつは、それは、楽しそうにしてましたよ」

賢人の淡々とした声。もう見たくない。

「わん!」

ふいに、ナツが吠えた。
ちらりと、吠えた方向に目を向けると、和服姿の男の子がいた。

「くぅーん」

ナツが、まるで名残惜しそうに鼻を鳴らした。

「ナツ?」

賢人が、ナツに顔を近づけると、ナツは賢人の頬を舐めた。
男の子は、喋りはしないが、ナツのことを見ている。

「ナツ!!」

ナツが駆け出す。男の子の元へと。男の子の額から、小さな角が見えた気がした。ここは、鬼を祀っていた神社。

「待ってよ、ナツ。ボクも、一緒に……」

鳥居の向こうへと歩きだす、男の子とナツ。賢人がそのあとを追おうとする。

「賢人! いっちゃ、駄目だ!」

博和は、賢人の肩を掴んだ。
何故か、行かせてはならない気がした。

「でも、ナツがっ……。ナツがが、行っちゃう!」
「駄目だ! 賢人!!」

大きい目から涙をぽろぽろと、こぼす賢人。
賢人は、何も悪くないのに、何故こんな思いをしなければならないのか。博和は、胸が締め付けられた。
鳥居の向こう側で、2人の子供が手を振っている。ナツが鳥居の前で、振り向き、ワンと一声鳴いた。賢人が、その瞬間声をあげて、泣いた。 今までのもの、全て出すように。それを見ていたら、博和も何故だかわからないが、涙が出てきた。 壊れてしまった。壊してしまった。自分が、この場所を教えたから。自分は、何も見えていなかった。

「賢人、ごめん。俺が、犯人にここ教えた」

泣くと、ぐちゃぐちゃとしていた心が落ち着いてきた。博和は、涙を拭った。

「そんなの……。博和のせいじゃないです。ボクは、ずっと、逃げてました。あの日から、ずっと。何か言われるのが嫌で……。 小学校は、結局卒業するまで行けませんでした。中学だって……、県外まで行って……」

賢人も、少し落ち着いたのか、涙を拭う。気がついたら、神社は消えていて、博和たちは、祠の前に居た。
鳥居の向こうには、誰もいない。ナツも、男の子も。空を見上げると、空が暗くなってきている。

「行こう、賢人。帰ろう」

博和は、賢人に手を差し出す。アンナのことも気がかりだし、何よりもこれ以上母や祖父を心配させてはいけない気がした。
賢人は、目をぱちくりとさせ、驚いたような顔をした。暫く考えたあと、博和の手を掴んだ。

「俺たち、これで友達な!」

そのまま、手を引き歩き出す。何だか少しだけ照れ臭い。

「だから、その。敬語、やめろよ」
「敬語は……、無理です。中学入って、人と距離取るために身につけた武器みたいなもんなんで。そうそう抜けないです」
「そっか! なら、仕方ないな!」

深くは聞かない。聞く必要はない。

「2人ともいたー!!」

森を出ると、よく聞き慣れた元気な声が聞こえてきた。
アンナが、高身長の青年を引き連れ、走ってきた。

「アンナちゃん。有人くんも」

博和はアンナが、無事だったことにほっと、胸をなでおろす。

「やあ。何か、大変だったみたいだね? 坪池さんは、警察が連れて行ったよ。よくわかんないけど、 何か、脅迫状みたいなものも見つかったし、実際にお金と脅迫状みたいなのを送りつけてたみたいだよ」

あはー、と呑気そうに笑う有人。
机の上に置いてあった茶封筒。あれも、脅迫状みたいなものだったのだろうか。博和は、何だか悲しい気持ちになった。

「あれ? そっちの子は、犬飼賢人くんだよね?」

有人が、賢人を見る。
賢人は、緊張しているのか、姿勢を正した。

「は、はい! あの、覚えているんですか……?」

まるで、お伺いをたてるように問う賢人。
博和は、ああ、そうか、と納得した。4年前、賢人は、有人たちに助けられたのだ。

「勿論覚えてるよー。大きくなったね」

わしゃわしゃと大きな手が賢人の頭を撫でた。
博和が、ちらりと賢人を見ると、泣きそうになっているのがわかっ

「あの、その制服……」
「これ? 近くの高校のだよ。賢人くんも、ここ受験するの?」
「えっ……」
「もし、そうなら待ってるよー」

毒気を抜かれそうな有人の笑顔。賢人は、コクリと頷いた。

「俺は、そこ受けないけどな」
「は!?」

博和の言葉に、賢人は声をあげた。



それからの、話。坪池は、あの事件以来逃げ出すように町から逃げた、自分の夫に引き取られることになった。
発言が支離滅裂で、心が病んでいると診断された。暫くは、病院にいることになる。坪池の、家も取り壊しが決まった。



「そーいえばさー」

ある晴れた日の放課後。博和と賢人は、図書館で勉強をしていた。
あれ以来、2人はこうして勉強することが増えていた。

「あの、子供とあの現象はなんだったんだろうなー」

うわー、と伸びをする博和。
森に入った途端起こった出来事。あれだけ、未だに説明がつかない。

「何だっていいじゃないですか。多分、ナツがボクを元気付けるために呼んだんですよ」
「そんなもんかねー」

何となく、腑に落ちない。
でも、きっと。再び森に行っても、同じことは起きない気がしていた。



4年前、誘拐事件が起きた。犯人は仲が良かった近所の人。
あの事件で人生が壊されてしまった人は多数。それでも、人生は進んでいくのだ。




END




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2018.6.10