カクレンボ
朝、博和は何かに呼ばれているような気配がして、飛び起きた。思わず窓の外を見る。当たり前だが、誰もいない。
昨日の夕飯時、母親から耳にタコが出来るくらい、坪池さんの家には行くなと言われた。でも、確かめなければいけないことがある。
「そうだ。今日、賢人と勉強する約束したから一緒に行ってもらお」
うんうん、と1人頷く博和。1人で行くのには、何となく不安がある。
あれだけ、出入りしていた家なのに。きっと、今日。真相がわかるはず。
学校は相変わらずだった。受験のことや、中学最後の思い出。
どうせ、ここにいる殆どが、同じ高校に行くくせに、最後も何もないだろ。と、心の中で悪態をつく。
よっぽどの馬鹿か、よっぽど頭が良くない限り、大体はここから1番近い高校に自転車で通う。
「うぉーい!」
放課後、森の前に行くと、賢人は既にいた。
相変わらず森を見ている。
「勉強、どこでするんですか?」
「あー、うん。勉強の前に付き合って欲しいところがあるんだど……」
「付き合って欲しいところ?」
賢人が、首をかしげる。相変わらず、森を気にしている。
博和も、森を見ると、何だか心がざわざわしてきたような気がした。でも、今は森には用はない。
「うん。俺がおかしいのか、皆が勘違いをしてるのか確かめに」
博和は、坪池の家がある方を向いた。
相変わらず、坪池の家は、ボロかった。草はぼうぼうで、昨日と変わりない。
ちらりと、賢人を見ると、何だか険しい顔をしている。
「賢人?」
「ここ……、臭い」
「臭い?」
臭いを嗅いでみる。よくわからない。
慣れてしまったからなのだろうか。
「あっちから、臭いしますよ」
賢人は、庭がある方向を指差した。博和は、覚悟を決める。
「え!? 行くんですか?」
敷地に入り、庭へ向かう。
そんな博和を見て、賢人が驚いた声を出した。博和は、歩みを止め、振り返る。
「確認したいことがあるから」
「確認したいことがあるから」
ふいに、自身の言葉の後に、同じ言葉が繰り返された。
賢人の声ではない。賢人の隣に見覚えのある少女の姿。
「アンナちゃん!?」
「いつのまに!?」
賢人も気づいていなかったようで、驚きの声をあげた。
アンナは、ランドセルを背負ったまま、楽しそうに笑っていた。
「なーに、2人でやってんだよ! 私もいれて!」
づかづかと、先にいる博和の所へ行くアンナ。
慌てたように、賢人もついてくる。
「私は知ってんだ。この臭いの元。あれだよ!」
「ちょっと、アンナちゃん!」
あっと言う間に博和を追い抜き、庭に入る。
アンナは、隅に置いてあるビニール袋を指差した。
「何だよ、ビニール袋じゃん」
博和は、鼻で笑う。あんなの、昨日もあった。何が入っているのかは、知らないけども。
「うっ……」
後ろにいる賢人が呻く。鼻を抑えている。
アンナは、博和に見てこいとでも言っているのか、ずっとビニール袋を指差したままだ。
「こんなん、ただの……うっ!」
近くまで行って、中を見る。中のものがわかった瞬間、強烈な臭いを感じた。
なぜ、今までこの臭いに気づかなかったのか。ビニール袋の中身は、全てがゴミだった。殆どが、生ゴミで、それこそいつのゴミかすらわからない。
「勝手に人のうちの庭に入り込んでるのは誰だい!?」
突然、がらりと窓が開いた。出てきたのは、包丁を持った坪池。いつも、博和が会っている女性。
いつも、疲れ切った寂しそうな表情を浮かべていたはずなのに、今日は鬼のように見えた。
坪池が、3人の子供の姿を捉えた。博和、アンナ、賢人の順でギョロギョロとした目を向ける。
明らかに、博和の知っているおばちゃんではない。
「お前!!」
坪池は、賢人の姿を見るや否や、靴も履かずに庭へ降りてきた。
「お前が、うちの子を誑かしたんだろう! うちの子は、あんなことする子じゃなかった! お前のところは、
母親も父親もクズだ! 何度、私が手紙を送っても送り返してくる!」
「ひぃっ……」
包丁を突きつけ、怒鳴り散らす。
賢人が、小さく悲鳴を漏らした。大きな目からは涙がぽろぽろと、流れている。
「ちょっと! 急になんなんだよ! 頭おかしーだろ!」
アンナが、悪態をつく。
博和は、何が起こっているのか、理解出来なかった。
「うるさい! お前は、秋竹んとこの小娘だね!? 何も知らないくせに!
お前は、そうやって、うちの息子を誑かしたんだろ? 次は、誰を誑かすつもりだい? これ以上被害者が出ないように、
私がこの場でその目をくりぬいてやろうかね! 犬飼賢人!!」
その、詛うような吐き出すような女性の言葉。
その言葉で、急に博和の頭が冴えた。犬飼賢人。4年前、最初に誘拐された子の名前。博和は、覚悟を決めた。
「賢人!!」
坪池の包丁が、賢人の目に向いている。
博和は、横から坪池に体当たりをした。
「うわっ!? 博和くん!?」
明らかに博和に対しての声のトーンだけ違う。
よろめきながらも、優し気な声を出す。それでも、目はギョロついたままだ。
「さっさと、それを離すんだよ!」
その拍子に、アンナが手から包丁を奪おうと、腕に噛み付いた。
「なに、するんだよ!」
噛み付かれた拍子に、坪池は包丁を落としたが、反対の腕で思いっきりアンナの頭を殴った。
包丁は、賢人の前に落ちた。
「アンナちゃん!!」
「いったっ……。お前こそ、何すんだ!」
そのまま、坪池の顎めがけて頭突きを食らわすアンナ。
坪池が再びよろめいた。
「……もう、いやだ」
座り込んでいた賢人が小声で呟いたのが聞こえた。
手には、包丁を持っている。
「賢人……?」
悶絶する坪池の上に乗る博和。アンナもそれに続いた。
「もう、いたくない。逃げても、隠れても追ってくる。だから、もう……」
「賢人!!」
包丁を自分の首へと、当てる賢人。
その瞬間、どこからか、犬の鳴き声が聞こえた。
「呼んでる」
その声を聞いた瞬間、賢人の手から包丁が落ちる。
立ち上がり、走りだす。
「賢人! 待てって! アンナちゃんは、警察!!」
「わかった! ほら! お前は動くんじゃない!」
呻いた坪池に、再び頭突きを食らわすアンナ。
その逞しさに、博和はこの場は任せても大丈夫だと判断し、躊躇うことなく、賢人の後を追った。
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