カクレンボ


賢人と別れた後、博和はそっと家の玄関を開け、中に入った。
ほっと一息。くるりと、向きを変えると思わずぎょっとした。

「お母さん!」
「博和! あんた、また坪池さんちに行ってたんだって!?」

バレていた。しかも、すぐに。

「な、べ、別にいいだろ! おばちゃんは何も悪いことしてないじゃんよ! 仲間はずれみたいになってるから、俺が遊びに行ってるの!」

靴を脱ぎ捨て、家の中に入る。
ちらりと、母親を見ると、物凄い眼光で睨みつけられた。博和は、慌てて靴を揃える。

「あんたは、毎日のように行ってるし。坪池さんとは仲が良かったから、気づかないのかもしれないけど! あの家臭うのよ。だから、誰も行けないの。近寄れないの」
「確かに、家の中は汚いけど、臭いなんて……」
「だから、あんたは慣れたんだってば」
「むう。わかったよ! 明日は行かないよ!」
「博和!」

例え自分が正しいと思っていても、母親には敵わない。ここは、逃げるしかない。
急ぎ、2階へと続く階段を駆け上がる。着替えたら、居間には行かず、祖父の部屋にでも避難だ。

「じいちゃーん」
「おお、博和。お帰り。今日も坪池さんちに行ってたんだって?」

祖父の部屋同じ2階にある。
引き戸を、がらりと開けると、祖父は新聞を読んでいた。

「げぇ! じいちゃんにも、筒抜けかよ! 大体何で、皆坪池さんを嫌うんだよ。確かに、兄ちゃんは、罪を犯したけど。 そもそも、何であんなことしたのか、知らないし……。俺だって、あんなことに使われるとは、思ってないし……」

ぶつぶつと、文句じみたことを言う博和。
もし、あの場所を教えなかったら、何か違った形になっていたのではないのだろうか。博和は、何年もそう思っている。

「そうだなー。子供らの間では、都会に出て心が病んだ男の犯行ぐらいしか知らないからなー。 しかも、あの兄ちゃんは何年も前にこの町を出たから、直ぐにあの兄ちゃんってわかったのはお前くらいだしな」

うーん、と唸る祖父。新聞を置き、腕を組み何かを考えている。

「よし! 博和も、来年高校生だしな。じいちゃんが、本当のこと教えてやる。お母さんには、内緒だぞ」

相変わらず腕を組んだまま、祖父はにやりと笑った。
博和は、ごくりと息を呑み、足を正す。

「まず、誰もが知っていること。犯人は坪池さんちの兄ちゃん。 4人誘拐され、生存者は2人。2人を見つけたのは、秋竹の次男と、秋本のばあさんの孫と、鴻池の倅だ」
「知ってる。有人くんたちが、通報して、兄ちゃんは神社で捕まったって」

ここまでは、誰もが知っていること。

「そうだ。確かにな、坪池の倅は心を病んでいたらしい。だが、そうとも言えない。坪池の倅は、こう言ったんだ。 最初に誘拐した子。その子と、仲良くなりたくて人気のない場所に連れて行った。 その子の泣いている姿を、見たくて他の子たちを殺した。秋竹たちが、行かなきゃ壇上の嬢ちゃんも危なかっただろうな。これが、やつの犯行動機だよ」

淡々と話す祖父。博和は、思わず固まった。頭がうまく、まわらない。
仲良くしたければ、友達になればいい。でも、つまり、誘拐したということは、そういうことでは、ないのだろうか。

「こんな理由、子供らには言えないわな。そんでもってな、坪池の奥さんは何て言ったと思う? 当時は、心を病んだ息子をその子が、 誑かしたとか言い出したんだ。そっからだな。坪池の奥さんに関わらなくなったの。家も汚いしくせーしな」

半分軽蔑するような。半分呆れるような。祖父は、乾いた笑いを見せた。
博和は、信じられなかった。もしかしたら、祖父が勘違いしているのとも思った。

「でも。俺にはおばちゃん優しいよ」
「そりゃあ、優しいさ! お前が、兄ちゃんのことを悪く言わないからだよ! ある意味、あの人にとっては、最後の味方みたいなもんさ」

祖父は、ふんと鼻を鳴らした。

「さてと。この話はこれで終わり。そろそろ、夕飯だろ? 今日の夕飯はなっにかなー」

よっこらせと、立ち上がり祖父はご機嫌な感じで部屋を出た。
頭の中が、ぐるぐるしている。犯行動機、おばちゃんの現在。一体何が本当なのか。ずっと、心を病んだ末の犯行だと思っていた。

「博和ー! ご飯!」

階段の下から母親の呼ぶ声がする。
はたと、思考を現実に向ければ、夕飯のいい匂い。

「お兄ちゃんは、もう席についてるわよ!」

再び、母親の声。博和は、むすりとした。何も、兄のことを持ち出さなくてもいいのに。

「今行くよ」

不機嫌な声で、母親に返す。
明日、また家に行ってみよう。もしかしたら、何か食い違いがあるのかもしれない。



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