カクレンボ
女性の家。坪池家から、博和の家は近い。近いというよりも、博和の家。吉井家は、この辺りの地主であり、たくさんの土地を持っている。
ほぼ、農地であるが、4年前の誘拐殺人事件が起こった場所も吉井家の土地である。
森の奥深くに、誰も近寄らず、吉井の者しか場所がわからない神社で誘拐事件は起こった。
何故、その場所で事件が起こったのか。それは、博和があの場所を犯人に教えたのだ。「静かな場所で1人になりたい」そう言った犯人に博和は、あの神社の場所を教えた。
博和は、学校から帰るたびに、あの森の前を通る。
「あれ?」
ふと、森の前に意識を向けると、誰かが立っていた。見たことのない制服に身を包んだ中学生だろうか。
博和の気配に気づいたのか、その子は博和を見た。目が合う。思わず、どきりとした。一見女の子とも見える顔立ち。制服のズボンがその子の性別をものがたっている。
「何してんの? お前、マチの子だろ?」
近づき、問う。マチとは、線路の向こう側。お店が立ち並ぶ所。
博和の住む場所は、線路のこちら側。農地や牧場が広がっていることから、ハタと呼ばれている。
「誰かに呼ばれたような気がしました」
敬語で話し、博和から目を逸らす。その目は、森をじっと見つめている。
「誰かって。え? お前、ここで何があったのか知ってるの?」
じぃ、と博和は少年のことを見る。
こんな田舎で起きた事件。当時は騒がれたが、4年前だ。
「知ってます。2人殺されて、犬も……」
「犬?」
「犬です。柴犬の女の子。最初に殺された」
少年は、今にも泣き出しそうな顔で俯いた。
沈黙が流れる。博和が口を開こうとした瞬間だ。
「博和ー!」
「うわ!?」
元気な女の子の声がし、博和は背中に衝撃を感じた。
見ると、赤いランドセルを背負った女の子が背中に飛び乗っている。
「博和、こんなとこでなにしてんだー?」
「何って、ここはうちの家の土地だよ。アンナちゃん」
「どーせまた、坪池の家にいってたんだろー?」
にゃはは、と楽しそうに笑うアンナ。まったく人の話を聞かない。博和は、小さくため息をつく。
「あれ。見たことのない人がいる」
アンナは、博和の背中から飛び降り、少年をまじまじと見た。
「え、あの……?」
戸惑う少年。
アンナは少年のまわりを一周し、少年の胸を指差した。
「マーク、カッコいいね!」
アンナが指差したのは、少年のブレザーの胸ポケットについているマーク。
「あ、これは、学校の校章」
「そーなんだ! てか、博和もだけど。こんなとこで何してんの? 私は寄り道してたー」
コロコロと話題が変わる。
博和は、慣れているのかため息をつく。
「御察しの通り、俺は坪池さんちの帰り。誰にも言うんじゃねーぞ!」
「やっぱりー! そっちの子は? てか、名前なんていうの? 私はアンナだよ! こっちは、博和!」
まるで、怒涛の勢い。
コロコロと変わるのは話題だけではない。表情も立ち位置も、コロコロ変わる。
「えっと。い……賢人」
「へー! 賢人! 宜しくね! で、こんなところで何してんの? あ、私はね! 今からこの森に入ろうと思って!」
「はぁ!?」
博和は、思わず声をあげた。
賢人は、その声に驚き、アンナは「うるさーい」と文句を言っている。
「何考えてるんだよ! 入っちゃダメに決まってるだろ!? 大体もう夕方になるし……」
「有人は、もっと遅い時間に入ってたもーん」
「あれは! 緊急事態というか!」
「博和うるさーい」
アンナは両手で耳を塞いでしまった。
あの事件以来、この森に入る人はいない。殺人事件の起きた場所になんか、誰も近づきたがらない。一部を除いて。
「もー! とりあえず今日は帰れ! この話は有人くんに言うからな!」
「言われなくても、帰りますよーだ」
博和に向かって舌を出すアンナ。
そのまま、にゃははと笑いながら走り去っていった。
「相変わらず台風のようだ」
やれやれと、肩を落とす博和。
ふと、賢人に目を向けると、どこか苦しそうな顔で森を見ていた。
突然、ぶー!ぶー!という微かな音が鳴り響く。博和は、この音を聞いたことがある。音は、賢人のズボンのポケットから鳴っている。
「……帰らないと」
音を止めることなく、賢人がぼそりと呟き、俯く。
博和には賢人が家に帰りたくないかのように見えた。
「帰りたくないのか?」
賢人の隣に並ぶ。相変わらず賢人は俯いている。
「明日さ、またここ来いよ。遊ぼうぜ!」
にひ、とあえてイタズラっこぽく笑う博和。
その間も、賢人のポケットの中のものは震え続けている。
「遊んでられないですよ。受験生だし」
「お! 一緒じゃん! なら、一緒に勉強しよーぜ!」
「それなら……」
目をぱちくりさせたあと、賢人は曖昧に笑った。
賢人はその先に続く言葉を言わずに、立ち去って行った。
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