ベラトリックス


おじさんは、女の人に近寄った。
女の人は突然自分の体から生えてきた植物を取ろうと、まだパニックになっていた。

「おじさん。この女の人は……」

ペテルギウスがおじさんの所へ行った。おじさんは、ペテルギウスを見てコクンと頷き、女の人と向き合った。

「もう、いいんだ。君はまだ何もしていない。まだ、取り返しがつく。大丈夫だよ、 君は悪い仲間たちに唆されただけだ。君は幸せになれる」

おじさんは女の人に向かって手をかざした。
その瞬間に、女の人の体から生えていた植物は抜け落ちた。同時に、女の人の体が光、その光が漏れ出していた。
この光、前にペテルギウスとリゲルが動かなくなった時の光に似ている。

「あれは……あの光は、魔力を回収しているんだ」

ペテルギウスがそう呟いたのが聞こえた。女の人から溢れ出した光は、おじさんの手の中で小さな光の球になった。
その光はペガサス座の人たちに渡された。

「ほら、魔力がなくても、魔法が使えなくても大丈夫だろう?」

おじさんは、女の人に微笑みかけた。女の人はもう、パニックにはなっておらず、おじさんのことをジっと見ている。
さっきまで、我侭な子供みたいな目をしていたのに、何でだろう。目が少し変わったみたい。
今は悲しみに満ちた目をしている。魔力がなくなって? ううん、違う。あの目は、自分のしたことに後悔している目だ。

「ごめんなさい、私、私……」

女の人はおじさんの腕の中で泣き崩れた。この人、今やっとすばるから抜け出せたのね。
どんな方法を使っても幸せになりたいと思っていた女の子から、大人の女性になったのね。
ずっと、乗り越えられなかった物があって、魔法にしがみついていた。
いけないことと知りつつ、世界で一番やってはいけないことをやろうとした。ただ、幸せになりたくて。
この人がどんな生活を送って、どんな傷があったのかは分からないけど、悪いのはこの人をこんなふうにしてしまった大人。
この人はきっと悪くない。この人は、悲しくて可哀想な人。悪くない。

「オリオン……」

女の人はオリオンの方を見た。

「ごめんね、オリオン。ダメな母さんでごめんね」

女の人はまた泣き出した。オリオンは女の人を見て、何か考え込んでいたと思ったら、話し出した。

「俺は……貴方を許すことができません。 だって、俺は貴方が昔の俺に何をしたのかしらないし、貴方が俺にとって何なのかも知りません。 いきなりそんな謝られても困るだけです。でも、いつかは自分の過去を知らなきゃいけない。自分と向き合わなければいけない。 あの時は、過去を知って自分が自分じゃなくなるのが怖かった。でも、今はもう大丈夫です。 過去に何があろうが、俺は俺。貴方を許す為にも、俺はあの木箱を開けます」

オリオンははっきりとした口調だった。オリオンは女の人からペガサス座に視線をずらした。
もし、オリオンが過去を取り戻したら何かが変わってしまうかも。私たちは離れ離れになってしまうかも。
そう思うと怖かったけど、私たちに止める権利はない。
だから、オリオンがマルカブから木箱を受け取り、開けるのをジッと見ていた。
木箱を開けると、中からたくさんのシャボン玉が出てきた。とても綺麗なシャボン玉。
シャボン玉は暫く宙と漂っていたけど、徐々にオリオンに近づき、オリオンの体の中に入って行った。

「オリオン……?」

私はオリオンを見て問い掛けるように呟いた。オリオンはおじさんと女の人を見ていた。

「父さん、母さん……」

そう呟いたオリオンの声は、今にも消え入りそうで、私たちの知らないオリオンの声のようにも感じた。
それからのことはよく覚えていない。私が覚えているのは、次の朝目が覚めたらオリオンが居なくなっていたことだ。



オリオンがいなくなったあの日から、私は何か大切な物を失ったみたいに、心にポッカリ穴があいた。
他の子たちは前に進んでいるのに、私は前に進むことが出来なかった。それでも、私はオリオンを待ち続ける。
いつか、帰って来ることを信じて。



ねぇ、オリオン。私は今も貴方のことが大好きよ。
この想いは一生変わらない。




 
END




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