神さんと草太


森の麓に小さな村がある。小さな小さな村。そこには、可哀想な男の子が住んでいた。
男の子の名前は草太と言った。草太は村の人たちに嫌われていた。
見えないものが見えるから、気味悪がられていた。

「おーい。嘘つき草太―。今日は何を見たんだー?」

石を投げられた。村にいても良いことがない。草太はそう感じていた。
虐げられ、いじめられ、草太大抵の時間を森の中ですごした。だが、1人ではなかった。

「神さーん、神さーん」

森の中で誰かを探す草太。

「何だ。また来たいのかい?」
「あ! 神さん!」

探していると、木の上に山伏のようなカッコをした男が音もなく現れた。
男は半紙で、顔半分を隠しており、天狗の面を頭の上に乗せていた。
草太はその声を聞くなり、にぱっと笑う。

「だって、村にいてもつまらないんだもん。神さんといた方がいい。僕も神さんみたいになりたいよ」

神さん……スオウは草太の話しを聞き、苦笑した。

「俺みたいにか。それはやめといた方がいいな。お前が人間のままでいな」

何度も交わした会話。草太がスオウに一番初めに会った時にもした会話。
草太はその時も、人間をやめたいとスオウに訴えた。スオウはそれを今現在も拒否している。

「それより、村ではどんなことがあったんだ? 聞かせろよ」

スオウは木の上から降り、木の根元に座る。
すぐに草太が駆け寄り隣に座り、嬉しそうにえへへと笑った。

「村では何も無いよ。相変わらずさ。だから、今日もこうして来たんだ。僕はずっとここにいたいよ」

こてっとスオウに寄りかかる草太。草太にとっては名も知らぬ山の神。
草太はスオウが好きだ。スオウはそんな草太の頭を撫でた。



事は何の前触れもなく起きた。草太は森を目指し、走っていた。
後ろから追ってくる子供達。石を投げてくる子もいれば、木の棒を振り回している子もいる。

「お前がやったくせに、逃げるなー!」

石が草太に向かって跳んでくる。いつもより執拗に追いかけてくる彼ら。
1人の子供が怪我をした。その場には草太しかいなかった。
草太はもう1人いて、そいつがやったと主張したが、そいつは誰にも見えなかった。
大人達は誰も、草太を信じず、助けてはくれなかった。

「助けて、神さん……」

必死で森に逃げ込んだ草太。森の中までは追ってこないことを草太は知っていた。
石を投げられ、怪我をした草太。
草太はいつも、スオウがいる所を目指した。だが、スオウはいなかった。どこを探してもいなかった。
草太は森の中をさ迷い歩いた。
何日も、何日も、スオウを探して。もう、村には戻りたくなかった。

「……神さん、僕を……」

草太は倒れた。
ノドがカラカラで、唇はカサカサに乾いている。
何日も歩き、何も食べていないせいいか、頬はこけ、まるで目が飛び出しているかのよう。
もう、声も出ない。立つ事も、動く事も。草太は自然の声を聞いていた。
まるで、死が隣で座っているような気がした。それを最後に、草太は目を閉じた。



スオウが草太を見つけたとき、既に草太の鼓動は止まっていた。
いつも見ていた草太の姿とは違う。スオウはそんな姿に胸を痛め、草太の願いを叶えてやった。



目が覚めた時、草太は草太ではなくなっていた。
目にかかっていた黒かった髪は、深緑色になっており、あの時感じた飢えも、乾きも、苦しみもなかった。
何かがおかしい。

「ねぇーね、君はだれー?」

ふいに声が聞こえた。子供の声。
キョロキョロとあたりを見渡すと、たくさんの子供達が草太のことを見ている。

「え、僕は……」
「あー! まって、待って! 君も僕達の仲間でしょ?  だったら当てるから! えーと、えーと、君は、よつば! よつばに違いない! だって、服によつばの葉がついているもの」
「え?」

草太の服を指差す子供達。
確かに、草太の足の上によつばの葉が乗っかっている。
草太は、よつばの葉を取り、しばし考える。

「うん! 僕はよつば。君達の仲間だよ!」

よつばはにっこりと笑った。人間であった草太は死んだ。
そして、人ならざるものの、よつばが生まれたのであった。



  >>モドル

僕らの不思議な夏休み番外です。
よつばが人でなくなったわけ。

2012.03.03