猫の就活生


「上村くん。来る時、同じ電車だったよね?」

面接が終わった帰り道、駅に向かう途中で君島さんに話しかけられた。俺はびっくりした。突然のことだったし。

「え、そうだったの、ですか? 全然気付かなかった、ですよ」

変な敬語になってしまった。何か、面接のときより緊張している。 何で、こんなに緊張しているんだ? もう、会わない確率が高い子なのに。女の子とかとあまり話したことがないからか?

「今回も上手く伝えられなかったなぁ。上村くんはどう? 私はぜんぜんだめ」

君島さんは少しばかり、恥ずかしそうに笑った。何か、いいなぁ。この笑顔。この子と話していると凄く落ち着く。
きっと、裏表がないんだろうなぁ。だから、話してみたいと思ったんだ。

「俺も、全滅です」

やっぱり、何故か敬語になる。だけど、君島さんは気にせず「そうだよねー」と笑ってくれた。俺もぎこちなく、笑った。
気のきいたことも、うまいことも言えない自分が嫌になった。
君島さんは私鉄への乗り換えの駅まで一緒だった。だけど、その後は「もう一社行くところがあるの」と言い、俺とは違う線に乗り換えた。
単純に、二社入っているんだと思った。 俺も、何回か説明会とか面接のハシゴをしたことがあるけど、必ずと言っていいほど二つ目は集中できなくなり、散々な結果で終わる。
説明会にいたっては、二つ目で必ず寝てしまうほどだ。だから、ハシゴするのをやめた。そんなことは、相手にも失礼だと思って。
だけど、今は一月。ハシゴをしたほうが良いのかもという気持ちもどこあにあるが、中々実行に移せなかった。
そういえば、君島さんの連絡先だけでも、聞いておけば良かったかな。お互い、刺激になったかもしれないし。
そんなことを考えながら、私鉄に乗り換えた。


帰りも同じルートで帰ると、家には五時くらいについた。母さんは、仕事にでも行っているのか自転車がない。
いつも通り、ポストを覗いてみたら、何通かの手紙と新聞が入っていた。親父の保険関係の、親父のクレジット関係の。 親父と母さんに、販売の招待券。
それと、俺宛の薄っぺらい封書。この差出人は、この間受けた企業だ。このうすっぺらさはきっと落ちたんだろうなぁ。見なくてもわかる。
そういえば、この間受けた企業は、今日が最後の連絡の日。連絡がこないってことは、落ちたんだろうなぁ。
受かった人しか連絡しないって言っていたし。これで、持ち駒はまた減った。むしろ、持ち駒はゼロに近いんじゃないか?

「はぁ〜……」

家の鍵をいつものところから取り出し、鍵を開けた。
玄関を開けると、いつものように犬がガリガリしないようにフェンスが立ててあり、そのフェンスをまたいで家の中に入る。
コートを自分の部屋で脱ぎ、スーツからジャージに着替え、リビングがある二階へと上がる。
階段を上ると、一番上のところで、愛犬のシーズー、ロロが出迎えてくれた。尻尾を振って。

「ただいま、ロロ」

ロロの頭を撫でると、ロロは凄く喜んでくれた。犬は癒されるから好きだ。 そういえば、母さん今日は俺のメダカに餌をやってくれたかな。五つくらい水槽があるんだけど。
その前に、一応封筒の中身を見て、母さんがいないうちに処分してしまおう。また、絶対何か言われるのだから。
俺は、ハサミで封筒の封を切り、中身を出した。

「やっぱり……」

案の定、お祈り手紙。何が、お祈りしますだよ。お祈りするくらいなら、入れろっての。
ったく、これで何社目だ? 俺は一体何社落ちればいいのか。とりあえず、外に干してある洗濯物でもいれよう。 だいぶ冷たくなってしまっているだろうから、家の中にでも干しておこう。
そのあとは、ロロの散歩に行って、米でも研いでおいた方がいいのだろうか?  そのまえに、この封書は新聞紙を処分する中の奥深くに入れておこう。
俺はまず、封書を処分し、ベランダに出て、洗濯物を中に入れた。次はロロの散歩かな。

「おーい、ロロ。散歩に行くぞー」

俺はロロを呼び寄せ、足元に来たロロを抱っこした。外は寒いのに、上着も着ずに外に出た。 ロロを地面に下ろすと、くんくんと匂いを嗅ぎながらそこらへんをぐるぐると歩きまわった。

「はぁ……」

最近、ため息をついてばかりだ。このままだと、俺はどうなっちゃうんだろう? 親父はもうすぐ六十歳だから、定年も近いだろう。
嘱託社員になっても、給料は減るし。それに、このまま職が決まらないと姉さんにバカにされる。
でも、俺だけのせいじゃない。受ける会社とか、母さんとかすぐ否定するし。だから、やりたいことを言っても、否定される。
だから話したくない。一度は賛成しても、それが決まりかけるとすぐ反対というか、否定するんだ。うちの親は。
就職活動は、モチベーションをあげるのも大変だな。

「あら、幸大じゃない」

ロロの散歩(って言ってもリードをつけてないから、ロロが勝手に歩いているだけ)をしていると、母さんが自転車で帰ってきた。
ロロは、声をかけてきた母さんに尻尾を振って、近づいて行った。

「はーい、ロロ。お母さん帰ってきたよー」

母さんは、そんなロロの頭を嬉しそうに撫でた。ロロも尻尾を振って、喜んだ。
その後は、勝手にまた散歩を始め、母さんはそのまま家に入っていた。母さんが家に入った後、門灯の電気がついた。
シャッターをガラガラと閉める音が聞こえた。今日は、何の飯なんだろう。 そう考えている間にも、ロロはトイレを終わらせたのか、家の方に向かって歩いて来ていた。
俺は、ロロのトイレの片づけをして、袋の中に入れて飼い主の義務として、ちゃんと持ちかえった。 最近、飼い主の義務を果たさない奴がいるようだが、そんなのダメだよな。

「にゃーお」
「ん?」

家に帰ろうと向かっていると、猫が鳴いた。向かいの家の駐車場にミケ猫がいる。きっと、あの猫が鳴いたんだ。 しかも、俺を見ている。うん、猫は好きだ。もちろん、犬も好きだけど。
猫は、こっちに来るわけでもなく、逃げるわけでもなく、ただそこにいて俺のことを見ていた。この辺は野良猫がたくさんいるから、猫なんて珍しくないけど、キレイな猫だと思った。毛並みとか、尻尾の形とか。目とかだって。  しばらく、その猫を見て(猫も俺のことを見ていた)、ロロを抱っこして家に戻った。
もちろん、家の中に入る前にロロの足をふき、ロロのトイレをトイレへと流し、またロロを抱っこして、二階へと上がった。


二階に行くと、母さんが米を研ぎ、夕飯の仕度をしていた。

「今日の夕飯何?」

俺はこたつの中に入り、適当にチャンネルを回した。うーん、今は六時か。とくに面白い番組もやってないな。

「幸大、あんたに手紙が来ていたわよ。テーブルの上に置いてあるでしょ?」

母さんは俺の問いには答えず、夕飯の支度をしながらそう言った。 せっかく、こたつに入ったのだから、このまま入ってたたかったけど、とりあえずその手紙を見ることにしよう。 ちくしょう。処分した手紙以外にも何かきてたのか。気付かなかったぞ。俺はやれやれとこたつから出て、テーブルの上を見た。
テーブルの上には、新聞とかチラシとかお昼に来たであろう親父の手紙が置いてあった。 それらと一緒に社名の入った定型外の封書が置いてあって、それに俺の名前が書いてあった。
この大きさと、この厚さは、この間説明会を予約した会社からパンフレットが送られてきたのか? そう思いながら封をきった。

「幸大さ、あんた一体何がやりたいの? 学校で勉強してきたことはどうするの? 全然違う業界受けているみたいだけどさ」

母さんが夕飯の準備をしながら言った。まただ、と思った。俺の母さんはいつもこうだ。 明日、説明会だとか言うと、必ずどこの会社かと聞いてくる。
初めは賛成するくせに、いざ面接になったり、手紙とかがきたりすると、必ず否定するのだ。
勉強してきたことはどうするのだとか。学校で、学んだことの業界に入っても、文句を言う。勤務時間、福利厚生について。
必ず何かしら文句を言うのだ。まぁ、言わない場合もあるけど、それは数少ない。

「俺、明日も出かけるから」

俺は母さんの問いを無視した。どうせ、また何か言うと否定してくるんだ。だから、俺はやりたいことが言えない。
言えないから、それが本当にやりたいことなのかわからない。 人のせいにするなって言われそうだが、俺のせいだけじゃない気もするんだ。

「そう。お母さんは明日、おばあちゃんの病院に行くから、ロロの散歩宜しくね」

母さんは、俺が無視したことは、気にしなかったようだが、さっきよりあきらかに空気が悪くなった。

七時くらいになると、姉さんが帰って来て、夕飯が出来ていないことに文句を言った。姉さんは理不尽だと思う。 いつもは九時近くに帰ってくるくせに。姉さんが学生のころは、夕飯も早い時間だった。
けど、姉さんが社会に出ると、親父は帰ってくるのが遅いし、姉さんも遅いから夕飯が遅くなる一方だ。
母さんはまた作りたくないとか、また温めたくないとか、夕飯は皆で一緒でとかで、七時になるまでテレビの前を動かない。
遅い人に合わせるとかで。俺は、早く夕飯を食べて、風呂に入りゆっくりしたいのに。
そんなことを考えていると、風呂が沸いたと音楽がなった。母さん、いつのまに風呂をつけたんだ?  夕飯もまだ出来なそうだし、俺は母さんに声をかけて、一階にある風呂へと向かった。
風呂から出てくるときには、夕飯が出来ているといいんだが。

「はぁ……」

湯船に入り、俺はため息をついた。最近、ため息ばかりだ。卒論だって、やらなきゃいけないのに。
できることなら、犬とか猫になってのんきに暮らしたいと思う。そんなの無理だとわかっているのに。
髪や身体を洗っているときも、俺はそんなことばかり考えていた。
体や髪を洗い終え、もう一度湯船につかって、考え事をしていると、どこからか母さんの呼ぶ声が聞こえ、俺は風呂を出た。
どうやら、夕飯ができたらしい。ちょうど、夕飯時に親父も帰ってきて、夕飯を食べた。
夕飯は唐揚げで、姉さんが一人でばくばくと食べていたのが凄く印象的。しかも、そんな姉さんをじっと見ていると、姉さんに怒られた。
そういえば、姉さんダイエットするとか言っていたけど、そんなんじゃ、ダイエットにならないんじゃ……。 きっと、このことを言ったら怒られる。だから、言わない。
夕飯を食べた俺は、すぐに自室に行き、ベッドに寝っ転がって、風呂の続きの考え事をした。
そしたら、いつのまにか寝てしまっていたらしく、気付いたら朝になっていた。布団とか何もかけなかったから、少し寒い。
だけど、起きる気がしなかった。まだ電車とか調べてないのに。



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