窓の外を見る少年の話


1人の青年が教会の下で、ハトに餌をやっている。青年は旅人なのか、旅人がよく着ているようなマントをはおり、そのマント以外も旅人風である。
そのことから、この青年は旅人だと確信される。
青年の隣には、白い雑種の犬がいる。中型犬であり、ちゃんとしつけがしてるのか青年の隣でおとなしく座っていた。

「オーリー」

どこからともかく、子供たちの声がした。オーリーと呼ばれた先ほどの青年は、ハトに餌をやる手をとめ、顔をあげた。隣の白い犬の耳がぴくぴくと動いている。

「どうしたんだい?」

オーリーは子供たちに問う。子供たちはオーリーの前に群がった。その瞬間、さっきまでオーリーの前に群がっていたハトたちは、灰色の空に飛び立った。今日は天気があまりよくない。
そのハトの軌道を追って犬の鼻がクンクンと動いている。

「オーリー、忘れちゃったの? オーリーが作ったお話を聞かせてくれるって昨日約束したじゃないか!」

子供たちの1人、長身の男の子が言った。他の子たちも次々と「そうだ」「そうだ」と同意した。
オーリーはしばらく何かを考えていた。そんなオーリーを犬は見ていた。

「そうだね。そういえば、そんなことを言ったね。じゃあ、まずは1つ目の話をしてあげよう」

オーリーがそう言うと、子供たちはオーリーの近くに座った。
因みにオーリーがいるところは階段になっているため、オーリーの上の段にいる子たちもいた。
そして、オーリーは話はじめた。





***





あるところに病気の少年がいた。
少年は他の子たちと違い、歩くことはできるが外に出ることもできず、友達と遊んだりすることもできなかった。
そのため、少年は自分の部屋……そう、少年の家は大きく、少年の部屋は最上階にあった。
少年は1日中、自分の部屋の一番大きな窓の外を見ていた。それも楽しそうに、嬉しそうに。
ある日、少年は窓の外を見ながら母親に言った。
少年はいつも1人だった。少年の両親は仕事が忙しく、少年を少年の部屋に置いておくことが多かったが、今日は母親の仕事が休みだったのだ。少年はそれが嬉しくなった。

「今日はいい天気だね」

と。母親は驚いた。その日は灰色の空から水が降っていた。つまり、雨でどしゃぶりだったんだ。少年は続けた。

「見て! ママ、小鳥が飛んでる!! 何て鳥かな? ママ、見て!! 小鳥の上に人が乗ってるよ!! ほら、ママあれだよ! あの鳥だよ!!」

少年はそう言い、指さした。
母親はそのさし示す方をみたが、そこには鳥一匹いなく、少年の母親は少年がおかしくなってしまったのではないかと心配になった。
もちろん、少年の母親はそのことを少年の父親に、少年の主治医に話した。
だが、2人は「別になんでもない」ととりあってはくれなかった。
少年の母親は、少年にもうあの窓から外を見せたくなかった。
そのため、少年の希望でカーテンをつけなかったが、母親はカーテンをつけ、閉めっぱなしにするようになった。
少年はとてもいい子だったので、その母親の申し出を受け入れ、カーテンには触らないと誓った。
だが、それは無駄だった。必ず次の日には、カーテンがボロボロに引き裂かれているのだ。
少年の母親は、朝仕事に行く前に少年に問うた。少年の机の上には、ハサミが置いてあった。

「誰が、カーテンをこんなふうにしたの?」
「リッキーだよ。ほら、この間小鳥に乗っていた男の子。あれ、実は小鳥じゃなくて、大きな鳥なんだって。遠くにいたから小鳥に見えたんだって言ってたよ。リッキーは毎日遊びに来るよ。そのときにカーテンが邪魔だから、そこのハサミでボロボロにしちゃうんだ」

少年は答えた。確かに、机の上に置いてあったハサミには糸くずがついていた。
少年の母親はますます心配になった。自分の息子がどうかしてしまったのではないかと。
だが、少年の母親はめげずにカーテンをつけつづけた。だが、次の日には必ずボロボロになってしまい、少年に問うと「リッキーだよ」と答える。


そして、ついに母親は仕事を休み、少年を精神病院に連れて行った。だが、何も悪いとこはないといわれてしまった。
精神はとても難しい問題なのだ。簡単に病気であっても病気が見つかるわけがない。だが、少年の母親は医師に言われたことに驚いた。
そう医師は「病気なのは母親の方」だと言ったのだ。
そう、少年の母親はヒステリーを起こすことがしばしばあった。少年のために言ったのに、カウンセリングをうけたのは少年の母親だった。そして、精神安定剤が少年の母親のために処方された。
それ以降、少年の母親は少年の部屋からカーテンをはずした。
それから少年はご飯のときも部屋からでなくなり、部屋に行っても入れてもらえないことが多かった。そう、理由は……

「今、リッキーが来ているから」だった。

そんな日が数日も続いたある日、少年の部屋から何か物音がした。ドタバタと騒いでいる音だ。
その日は休日で少年の父親も母親も家にいた。そして、あまりのうるささに少年の父親は母親をつれ少年の部屋に向かった。母親はあまりのうるささに少しヒステリーを起こしていた。

「何やっているんだ? 入るぞ?」

少年の父親は少年の部屋のドアノブを握った。いつもと違い、鍵がかかっていなかった。
そして、いつものように「リッキーがいるからダメ」という返事も返ってこなかった。
その代わり、庭に何かが落ちたドスンという衝撃音が聞こえた。少年の両親はその音を合図に少年の部屋の中に入った。
両親は驚いた。少年の部屋の中は、羽毛の布団が引き裂かれ中の羽毛が部屋に舞っていて、例の一番大きな窓が開いていた。
少年の姿はどこにもなかった。
両親は嫌な予感がし、その開いている窓から下をのぞいた。

「………っ!!?」

少年の母親は思わず口を覆い、涙があふれていた。

「きゅ、救急車を!!」

少年の父親は急いで電話のところに向かい、そして電話をかけた。
両親は2人一緒に庭に飛び出した。もちろん1階から。
ちょうど少年の部屋の窓の下あたりに少年は倒れていた。足は変な方向にまがり、首はだらんとなっていた。
だが、少年の顔は笑っていた。楽しそうに。まるで、鳥カゴから逃げだした小鳥のように。
少年の手には一枚の紙が握りしめられていた。
両親はその紙を少年の手から抜き取った。その紙は絵が描いてあった。少年がカゴから抜け出し、見知らぬ少年と楽しそうに青空の下を飛ぶ絵が描いてあった。
そう、少年は飛んだのだ。リッキーと一緒に。
救急車が到着した。救急隊がそこで見たものは、涙をながし、少年を抱きしめうなだれている両親の姿だった。
それを1羽の小鳥が見ていた。そして、一声なくと青空に飛び去って行った。





***





子供たちは、オーリーの話を黙って聞いていた。

「少年はどうなったの?」

しばらくして、オーリーの隣に座っていた女の子が問うた。オーリーの犬がふわぁと退屈そうにあくびをした。

「少年は飛んだんだよ。文字どうりね。リッキーと一緒に」
「なら、リッキーって誰?」

今度はその隣にいた男の子が問うた。白い犬は、くぅくぅと寝息を立て始めた。

「それはわからないよ。少年の妄想、本当にいたが大人には見えないもの、もしかしたらその窓は違う世界を映していたのかも。幽霊かもしれないね? もしくは……少年の別人格。可能性はいろいろあるよ」

オーリーはそう答えたが、子供たちはよく解らなさそうだった。少し難しかったんだろう。

「不思議なお話だったね。明日も何かお話してね」

子供たちの中の1人がそう言い、子供たちはオーリーに手をふり、家に帰って行った。

「お話ね。オーレリアン物語は20の話から出来ている。まだいっぱい話すことはあるよ」

オーリーはそう独り言のようにつぶやき、愛犬のブランシェの頭をなでた。



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