頭の悪い犬の話


今日は雪だった。予報では雨だと言っていたが、この灰色の空から降ってきたのは白い塊だった。と、いっても、雪は今や粉雪にかわり、降っている雪より積もっている雪の方が多かった。
オーリーは愛犬ブランシェといつもと同じように教会の入口付近の階段のところで座っていた。今日は雪のためかいつもオーリーの周りに群がっているハトたちがいなかった。

「オーリー」

雪の中、傘をさし長靴をはいた子供たちがやってきた。
オーリーは子供たちの方を見た。子供たちの口からは白い息が出ていた。

「こんな寒い日にどうしたんだい?」

ちょうどオーリーとブランシェがいるとことは屋根があるため、そこだけは雪は積もっていなかった。だが、いくら旅人オーリーといえど今日は寒く子供たちと同じように白い息が出ていた。

「今日もお話してくれる約束でしょー?」

子供たちと率いてやってきた男の子が言った。

「もちろん、覚えているよ。でも、まさかこんな日にまで来るとは思わなかったからね」

オーリーは苦笑し、自分の足の上に頭を乗せているブランシェの頭をなでた。ブランシェは気持ち良さそうにしていた。

「そうだな。今日は犬の話をしてあげる。そう、頭の悪い犬の話だ」

オーリーがそう言うと、子供たちは雪に濡れないようにとオーリーのまわりに集まった。屋根はちょうど子供たちとオーリーが雪に濡れないだけのスペースはあり、子供たちが全員階段に座るとオーリーは話し始めた。





***





あるところに黒い大きな犬がいた。その犬を飼っている人も大男だが、その大男は大きな黒い犬とは違いとても意地の悪い奴だった。むしゃくしゃしたことや、イライラすることがあると大男はすぐ犬に暴力をふるった。そのたびに男は犬にこう言った。

「お前は頭の悪い犬だな。殴られるのがわかっているんだから逃げればいいのにな。あぁ、お前はバカだから逃げ方もしらないのか」

と。そう、その通りだった。犬は酷いことをされているのに逃げようとも抵抗しようともしなかった。だた、じっとそこにいた。
村の人たちもこの犬を哀れだと思い、同時にバカ犬だとけなした。何も行動を起こさないこの犬をバカだとけなした、
しかし、こんな意地の悪い男でも、家で粗相をされては困るので散歩には連れて行っていた。もちろん、犬には鎖のリードをつけて、この頭の悪い犬が頭の悪い行動をしないようにしていた。

「おら、さっさと歩け」

男は犬を蹴った。犬はそれを合図に歩きだした。そして、犬はしばらくただ黙って歩いていると、急に男を引っ張り土手の方角へ走り出した。

「おい!!? 何やってんだ!!」

男はすごい力で犬を自分の方に引き寄せた。犬は「きゃん!」と鳴くと、その方向に行くのは諦めたのか男に続き歩き始めた。
その後も、この意地の悪い大男はこの大きな黒い犬をバカと呼ぶようなことが続いた。いや、むしろ前より悪化していったのだ。最初は、散歩の最中に露店の食べ物を無断で食べてしまったことだ。男は店主に謝り、その値段を払うことになってしまった。
次に、犬はこの村で一番偉い地主の手を噛んだ。手からは血が出て、酷い怪我だった。男はまた謝ることになり、治療費を払うことになった。その他にも慰謝料を請求された。
このようなことが続き、意地の悪い男は蔭口を言われることが多くなった。

「躾が悪い。あの男のようだ」
「もしかしたら、犬にわざとやらせているのかも」
「あの犬を飼っているあいつの性格を疑うよ」
「もとから意地の悪い奴だったけど、こんなに意地が悪い奴だったとは」

村はその噂でもちきりだった。男はとても嫌な気分になった。凄くイライラし、思わず犬を階段から蹴飛ばし怪我をおわせてしまった。それでも、その犬はじっとそこにいた。
男はこの犬を殺してしまおうかと思った。そこで、男は犬がいつも土手の方に行こうとしているのを思い出した。

「おい、散歩に連れてってやるぞ」

男は足を引きずっている犬を無理やり散歩に連れて行った。そして、今度はいつも犬が行きたがる土手の方に行った。
その日は、雨も風もないのになぜか川の流れが激しく水かさも多かった。男はあまりこの土手には来ないのだが、男はそう感じた。
男は犬から首輪とリードを外した。犬は男を見ていた。

「今までお前のめんどうを見てきたが、それもこれで終わりだ。もう俺はお前の飼い主なんかじゃない。お前みたいな頭の悪い奴は初めてみたよ。じゃあな」

男はそう冷たく言い放ち、犬を川へ向かって蹴り落とそうとしたが……

「ワゥー!! わん、わん!!!」

主従関係を解消された犬は、唸り声をあげ今までのはらいせかの如く男の脚に深く噛みついた。

「いてぇ!!? 何てことをしやがる!!」

男の脚には犬の牙が食いこみ、血が流れでていた。男はよろめきながら犬を振り払おうとした。

「このやろう!!」

だが、犬は放さなかった。男と犬はいつのまにか居た場所が逆になり男が川側にいたが、男はそのことには気づかなかった。そして、男は犬を振り払うために一歩下がると、犬は瞬間的に男を放した。

「うわっ!!!?」

男はそのことでバランスを崩し、脚を踏みはずし、やっと自分の居る場所が分かったかと思うと、男は川の中へ転げ落ちてしまった。
その日から、村の人たちは誰も犬と男を見た人はいないという。





***





子供たちは黙ってオーリーの話を聞いていた。

「僕の家も犬、飼ってるよ」

と、1人の男の子が言った。

「僕の犬はそんなことしないけど……」

男の子はそう続けた。ブランシェが犬という言葉に反応したのか、耳がぴくっと動いた。

「ブランシェもそんなことはしないよ。でも、この話の犬は頭が悪いからね。でも、本当はとても頭がいいのかもしれないね? バカと天才は紙一重っていうからね。何も考えてなかったのか、考えたやったのかそれはこの黒い犬にしかわからないのさ」

オーリーはそう言い、ブランシェの頭をなでた。
子供たちは、また明日と言い雪の中を帰って行った。オーリーはそんな子供たちを見ていた。

「風向きが変わったね。そろそろ次の街に行くか」

次の日、オーリーとブランシェの姿はどこにもなかったという。



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