王の祈り


事はもう起きた後だった。第一発見者は、二人に朝食を運んできたメイドであった。
メイドはそれを見るなり、朝食を落とし、悲鳴をあげた。その悲鳴は城内へと響き渡った。


「一体、誰がこのようなことを……」

事切れた二人の傍に佇む中年の男がそう呟いた。

「何故、陛下達がこのような目に……。お二人とも、とてもお優しい方で……、このようなことは惨すぎます……」

その隣にいる白衣を着た色素の薄い髪の青年は、膝をつき、すすり泣いている。
目を覆いたくなるような惨劇だった。肉片や血があちらこちらに飛び散り、腕はひしゃげ、その開かれた瞳には何も移していない。
一体、この部屋で何があったのか、誰もわからなかった。

「クリストファー様ー!」

こげ茶色の髪をした青年が飛ぶように部屋に走りこんできた。
クリストファーと呼ばれた中年の男は、青年に目をやった。

「ロアか。どうした?」
「ハノン様とルイ様がどこにもいらっしゃいません!」
「何だとっ……!?」

二人の話を聞いていた青年の肩がピクっと動いた。
青年は、横たわる二人の目を閉じ、血を拭いていた。頬には涙の後がある。

「申し訳ございません。本当ならば、私がついていなければいけないのに……」

ロアはそう肩を落としたが、目の端で、青年のしていることを見ていた。

「両陛下の次は、ご子息であるハノン様とルイ様が狙われる可能性が高い。何としても二人を探し出すぞ!」
「わかりました」

クリストファーはそう告げ、部屋を飛び出した。
ロアもその後に続き部屋を出ようと思ったが、ふとクローゼットのドアが目に入った。ドアが少し、開いている。 別に不思議なことではないが、やけにそれが気になった。
ロアは、横たわっている二人を跨ぎ、クローゼットに近づこうとしたが、二人の体についた血を拭いている青年に服を引っ張られ、 クローゼットに近づけなかった。

「何だ?」

ロアは自分より長く城にいる年下の男を見た。ロアの服を掴んだ男の手が震えていた。

「お前……よくも、お二人を跨いだな。よくも、よくも、そんな事が出来るな!」

青年は立ち上がり、涙が滲む目でロアを睨んだ。
立ち上がってもひょろっとしている青年が、体格のいいロアに勝てるわけないが、許せない物があった。
ロアはやれやれと溜息をついた。

「跨いだのは済まない。だが、フィリップ。お二人はもう死んでいる。 それに見てみろ。あのクローゼット。誰かいる気配がしないか?」

ロアはクローゼットを見やる。
相変わらずクローゼットのドアは少し開いていて、なんとなく人の気配がする。

「人の気配……?」

ロアの話を聞き、フィリップはロアの服を離し、涙を拭う。
もしかしたら犯人が潜んでいるのかもと思い、二人はゆっくりと慎重にクローゼットに近づき、ドアを開け放った。

「!?」
「ど、どうして、ここにいらっしゃるんですか……」

ロアをフィリップは目を疑った。中に居たのは二人の子供。横たわっている人と同じ、藍色の髪をした姉弟が震えて泣いていた。
弟は姉に抱きしめられ、姉は弟を抱きしめ、震えていた。

「ハノン様、ルイ様。大丈夫ですか?」

二人の教育係りでもあるロアが声をかける。ハノンは二人に気付き、二人を見る。
弟のルイは目を見開き、両手で自分の口を押さえていた。この二人は両親が殺されるところを見てしまったのだ。

「ロア。俺がお二人を医務室に連れて行く。クリストファー様にお二人は見つかったと伝えてきてくれ。 本来なら教育係りのお前の仕事だが、俺の方がお二人をよく知っている」
「わかった。ちゃんと伝えよう」

フィリップは幼い姉弟を抱き上げ、ロアにそう伝える。ロアは、その頼みを聞き、直ぐに部屋を後にした。
弟のルイは目に光をなくし、何も映していなかったが、姉のハノンはまだ目に光を宿していた。ロアは、その目が忘れられなかった。




ロアは部屋を出て、城内を歩いている。
まるで、先ほどフィリップには何も言われてないかのように平然と歩いている。

「先輩、先輩」

歩いていると、オレンジ色の髪をした一人の若い兵士が近づいてきた。
ロアは兵士を見なかったが、立ち止まった。

「先輩、先輩。あいつら全然みつからないっすよ。色々探しましたが、子供なんてどこにもいないっす」

男は大きく溜息をつく。ロアは初めて男を見た。

「子供は見つかった。今、フィリップと一緒に居る。これは好都合なことだ。 そんなことより、ロデル。仲間の手引きは済んだのか?」

ロデルと呼ばれたアシェル王国の兵士はニヤっと笑った。

「嫌ですね。俺を誰だと思っているんすか? もう、そんなのとっくに済んでます。そろそろ騒ぎが起きますよ」

ふと、窓から見える城下町に目をやると、煙があがっているのが見えた。今は冬ではない。
それに、料理の火では、あのような煙はあがらない。あのような煙があがるのは、火事くらいだ。
城下町を見ていたロアは、目の端にあるものをとらえた。どこからフィリップと二人の子供が森へと向かっている。 二人とも髪が短く、男の子のようにも見える。
医務室に行くのではなかったのかと思いながら、ロアは言った。

「ロデル。子供とフィリップが外に出た。お前、隠し通路含めて全部潰したんじゃなかったのか」
「うっそ!? 何で!? まだ隠し通路残ってたんすか!? ってか、ヤバくないっすか? あの森の向こうは海だったはずじゃ……」

ロアはロデルを睨む。
ロデルは、ロアの言葉に驚いたのか、窓に張り付き、三人を見た。

「計画通りにはいかないもんすね。どうします? 流石の俺達でも、海に逃げられたら手出しができませんぜ?」

ロデルは聞かなくても答えはわかっているかのように、ニヤっと笑った。
ロアは溜息をついた。

「ロデル、お前は城にいろ。あと、その笑いやめろ」

ロアは不機嫌そうな顔で、そう言うとロデルの返事を聞かずに行ってしまった。
頭の中から、あの目が離れなかった。



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