王の祈り


ロアが立ち去った後の寝室で、フィリップは幼い姉弟をぎゅっと抱きしめた。

「と、父様がっ……、ぜったいに、声をだしちゃダメだって……それで、知らない人が……」

ハノンがやっとの思いで絞りだしたその声は震えていた。
ルイは、未だ見つかった時の状態から身動き一つしなかった。

「そうでしたか。お二人が無事で良かったです」

フィリップは、二人を安心させるかのように微笑み、二人の頭を撫でた。
だが、いつまでもこうしてはいられない。誰が両陛下を亡きものにしたのか、誰が敵なのかわからない以上、誰も信用は出来ない。
ロアには、ああ言ったが医務室に行くなんて嘘だ。

「ハノン様。申し訳ありませんが、髪を切らせて頂きます」

フィリップは、机の上に置いてあった果物ナイフで、ハノンのポニーテールを切り落とした。 切り落とされた髪は、床に落ち、ハノンの髪はまるで男の子のような短い髪になった。
さらに、フィリップはクローゼットの中にあった二人のマントを取りだし、二人に着せる。 その際にハノンの服装がスカートではないことを確認する。

「いいですか、これから俺が言うことをよく聞いて下さい。お二人はこれから名前を名乗ってはいけません。 もし、名乗ることがあればファーストネームのみ、そして信用できると思った人のみにして下さい。 絶対にフルネームをおっしゃってはいけません。絶対に、アシュル王国の王族だということを知られてはいけません。 気付かれてはいけません。ハノン様は、その為にこれから男の子として暮らして頂きます」

ハノンは、ただ黙ってフィリップの言うことを聞いていた。ルイの分も含めて力強く頷く。
フィリップは、にっこり笑い、横たわっている二人を見ないように、ベッドに近づく。
一度深呼吸をし、体全体を使って、ベッドを押し始める。

「フィリップ……?」

そんなフィリップを見て、ハノンが不思議そうな声を出した。
フィリップは「少しだけ、そこで待っていて下さい」と告げながら、ベッドを押した。
ベッドがズズズと音を立てて動く。ベッドが動くと、今度はベッドが置いてあった床に這いつくばり、何かを探す。
フィリップはほんのりと、汗をかいていた。

「あった! ここだ!」

少しだけ、木目の違う床。
そこを力いっぱい押すと、何と床が跳ね上がり、下へと続く階段が現れた。

「ハノン様。時間がありません。急いでこの中に入りますよ」

フィリップは、ハノン達の所に戻り、固まっているルイを背負い、 王の横に落ちてあるいずれ、ハノンが受け継ぐであろう剣を拾い、ハノンにしっかりと持たせる。
空いているハノンの手を持ち、光りの内通路へと入った。
暗闇の中、階段はどこまでも続いているかのように見えた。足を踏み外さないように、一歩一歩慎重に降りる。

「ねぇ、フィリップ。どこまで行くの?」

階段が終わり、平坦な道についた時、ハノンがそう問うた。
ハノンはフィリップの手をぎゅっと握った。

「大丈夫です、もうすぐ出口ですよ」

フィリップは、ハノンを不安にさせないように笑顔で答える。
フィリップの言う通りであった。真っ暗だった通路に先に、光りが見えてきた。
その光りに向かって歩き、光りを抜けると三人は木の根元にある洞窟から上を見上げていた。 ルイとハノンを抱き上げ、木の根元に下ろす。その後自身も、洞窟から出る。

「ハノン様、これから海へと向かいます」

フィリップは、再びルイを背負い、ハノンの手を握り、目の前に広がる森の中へと入った。
まず目指した先は、木々に隠されるようにひっそりと建っている馬小屋。その馬小屋から一頭の馬を連れ出し、ハノンとルイを乗せる。 最後には、自分も馬に乗り、森の奥へと走らせた。




フィリップが馬を走らせた頃、ロアは三人が出てきた木の根元にある洞窟を見ていた。
随分と古い洞窟のようにも見えるが、暗くて中が見えない。

「こんな所にも通路があるとはな。まだ俺の知らない通路があるかもしれないな」

ロアは、そう呟き森の中に入る。
暫く歩いていると、木々に隠されるように建っているあの馬小屋を見つけた。 中に入ると、何頭か馬がいるが、一頭分スペースが開いていることに気付く。
馬の繋がれ方を見ると、逃げだしたとかは考えにくい。となると、答えは一つ。
ロアは、近くに居た馬を外に出した。軽やかに飛び乗り、馬を走らせ、前を行くフィリップ達を負う。
三人の姿を視界にとらえた時、一発の銃弾を撃った。



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