王の祈り


ここから海までは、そう遠くない。後ろからロアが追って来ているとは知らず、フィリップは全力で馬を走らせた。
ほんのりと風にのって、塩の香りがする。木々の種類も変わって来た。そのことからも、おのずと海は近いことがわかる。

「ハノン様、今後何があってもルイ様と生き延びて下さい。何があっても、泣いちゃだめですよ。心を強く持って下さい」

フィリップは、そう言いながら前に座るハノンの頭を撫でた。
その瞬間だった。銃声が聞こえ、フィリップが馬から落ちた。まるで、スローモーションのように感じる瞬間。
だが、誰にもどうすることは出来ない時間。

「フィリップ、フィリップー!!」

泣き叫ぶハノン。馬はフィリップが落ちたことに気付いていないのか、そのまま走り続ける。
飛びおりようにも、ハノンにとって馬は高く飛びおりて、フィリップに駆け寄ることすら出来ない。

「ハノン様! 手綱をしっかり握って、このまま行って下さい! 心を強く、 何があっても泣いてはいけませんよ! お父上の言葉を思い出して下さい!」

落馬したフィリップは、撃たれた肩を押さえながら、遠ざかって行くハノン達にそう叫んだ。
まだ立ち上がれる体勢ではないフィリップを、再び銃弾が貫いた。
その後ろでは、こげ茶色の髪をした男が馬から降り、フィリップに近づいた。
ハノンはそれを最後に、前を向き、手綱をしっかりと握った。
涙が止まらない。泣いてはいけないと言われたばかりなのに。涙を拭っても、拭っても零れおちてくる。
それでも、走り続け、海へと出た。馬は、海水に濡れると立ち止まり、波打ち際には、帆のついた小さな小舟が置いてある。
ハノンは、弟のルイと剣を手に取り、馬から飛びおりる。

「うわっ!?」

上手く着地が出きず、しりもちをついてしまったが、下は砂浜だ。痛くはなかった。

「ほら、ルイ。行くよ」

半ばルイと剣を引き釣りながら、小舟へと向かう。
小舟に乗ったら、海の向こうの国を目指すことぐたいハノンにもわかっていた。
だが、水も食べ物もない。一体どのくらいかかるのかと思うと、不安ではあったが、ハノンは剣とルイを舟に乗せ、自身は、舟を押した。
波打ち際から舟が離れると、ハノンは舟に飛び乗り、帆を張る。

「バイバイ」

自分達をここまで連れてきてくれた馬にお礼をいい、ロープを外す。
幸運なことに追い風で、舟はすぐに岸から離れて行った。
もしかしたら、フィリップが現れるかもしれないと思い、期待をこめて岸を見ていたが、 岸が見えなくなるまでフィリップは現れなかった。




二発の銃弾を撃ち込まれたフィリップは、急所は外されていたためか、意識ははっきりとしていた。
撃たれたところを止血するかのように、手で抑え、こげ茶色の髪をした男を睨んだ。

「お前、馬は乗れないと言っていなかったか?」

ロアは、フィリップを冷たく見下ろす。

「馬は得意じゃないと言ったんだ」

随分と前にそんな話をしたことをフィリップは思い出していた。

「お前のせいで、王族を皆殺しにするのは失敗したが、所詮子供。海を渡りきることは出来ないだろう。お前は、城に戻ってもらう」

ロアは、淡々と無表情で言い、フィリップの両手を長いロープの先に縛りつけた。
何となく、フィリップは嫌な予感がした。城に戻ると言っても、優しく馬でってことはありえないと感じていた。
その予感は、ロアが馬にまたがった時点で当たっていた。だが、フィリップは一切の恐怖を顔に表さなかった。
馬が走り出すと、フィリップの両手はグンっと引っ張られ、引きずられる。
岩や木に当たっても、馬は止まらない。止めるつもりもない。
ロアは、一切振り返らない。フィリップが生きようが死のうが、興味がないからだ。
フィリップも叫ばない。それでも、意識を失わなかったのは、ロアに対する恨みの念があったからだ。
城が近づいてくると、何か焼ける臭いが鼻についた。町が焼ける臭い、肉が焼ける臭い。命が焼ける臭い。

「まだ意識があるのか。タフな男だ」

馬が止まったと思いきや、ロアの声が上から降ってきた。
どこかで口の中を切ったのか、口の中に血の味が広がる。
足も手も、腕も怪我をし、血がでている。体が思うように動かない。 フィリップは、地面につっぷしたまま立ち上がることさえ出来なかった。

「あ、先輩。こっちは全部制圧できたっす。先輩の方はどうっすか?」

まるで、ロアが帰って来るのを待っていたかのように、ロデルが直ぐに駆け寄ってきた。
所々血がついているが、怪我をしていないところを見ると、ロデルの血ではないのだろうか。
ロデルは、ロアの足元に倒れているフィリップに目をやった。

「うわーお。先輩、随分とハデにやったっすねー。どうします? やっちゃいますか?」

まるで、スポーツでもするかのように平然と言うロデル。そう言った表情は相変わらず笑っている。

「いや、こいつは医者だろ。聞きたいこともある。地下牢にでも入れておけ」
「アイサー。あ、そういえばボスが呼んでいましたよ。先輩が出かけている間に、ここに到着しました。 多分、城の中にいると思います。探して見てください」

ロデルは、フィリップの腕に巻かれているロープを切り、軽々とフィリップを担ぐ。

「ボスが? わかった」

ロアは、一言そう言うと城へと向かって行った。

「あ、待って下さいよ、先輩―」

その後を、ロデルが追った。  



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