王の祈り


フィリップはロデルの手によって、地下牢へと放り込まれた。
本当に乱暴に放り込まれたので、地面に落ちたとき、フィリップはうめき声をあげた。
ロデルは、そんなものは気にせずに、地下牢に鍵をかけると、さっさと階段を上っていった。

「フィリップ! フィリップ、しっかりしろ!」

同じ牢内から、聞き覚えのある声がフィリップの耳に入ってきた。
その声の主の手を借りて、フィリップはやっとの思いで、痛む体を起こした。クリストファーも怪我をしている。

「フィリップ、何があったのだ? ぼろぼろで、怪我もしているではないか!」
「だ、大丈夫、です。それよりクリストファー様、こっちでは一体何があった、んですか?」

心配の声をあげるクリストファーに、フィリップは問うた。
着ていた服を破り、怪我をしているところに巻き、止血をする。銃で撃たれたところはもう、血は止まっていた。

「うむ、城下町から煙があがっているのが見えて、何人かがそちらに行ったんだが、結局戻ってはこなかった。 両陛下のこともあり、城は手薄になっていた。そんな時だ。 どこからか現れた男達に城を占拠された。こっちも、応戦はしたが、相手が強すぎた。 近衛隊長のツェルは、陛下……コーダ様の叔母であるミュゼット様と、その家族を守ろうとして殺されてしまった。 ミュゼット様達も……。城の内部に詳しいディン様も連れて行かれた。他にも、何人か犠牲が出てしまった……」

クリストファーは、悲しそうに項垂れた。

「ハノン様も、ルイ様も見つからない。まさか、殺されてしまったのでは……」

「クリストファー様、それは大丈夫です。ハノン様もルイ様もご無事でいらっしゃいます。 心に傷を負ってしまいましたが、俺は大丈夫だと思っています。 それは、さておき、俺達もいつまでもこんな所にはいられませんよ。 奴らが何者で、何の目的でここに来たのかはわかりませんが、陛下がお小さい頃まで、戦争をしたいたし、 あまり良い噂のなかった国と聞いたことがあります。あれだけ酷いことをすれば敵がいても不思議ではありませんが、 ここにいても、拷問されて酷い死に方をするだけです。 前に、陛下がおっしゃっていたのですが、地下牢にも隠し通路があると。クリストファー様はご存知ですか?」

痛みが引いてきたからか、フィリップは冷静で居られた。
自分でも、何故こんなに冷静なのかよくわからないぐらいだ。

「拷問か……、確かにそれはありうるな。隠し通路は、確か……ここら辺を押すと……」

クリストファーは、地下牢の石の壁に近づき、両手で思いっきり壁を押した。
壁は、音を立てて崩れ、大人一人が入れる通路が現れた。 どうやら、その通路の前の壁は、カモフラージュにただ置いてあっただけであった。

「何て、大胆な……」

フィリップが、そう呟いた時、階段をおりてくる足音が聞こえた。
相手は走っているのか、歩いている時より速い足音だ。

「もしかして、さっきの音で誰かが下に降りてきたのかもしれん! いや、でも鈍い音がしただけだ。外までは聞こえないはず……」

クリストファーは焦り、通路を隠すように通路の前に立った。
フィリップは、地上へと続く……ロデルが出て行った先を見据えていた。 そんな時である。アシェル王国の兵が子供を抱きかかえて飛び込んできた。

「フィリップ様! フィリップ様! どうか、ウィルを、息子を助けて下さい!」

男はフィリップの姿を見つけるやいなや、鉄格子の向こうで子供を見せ、地下牢に近づきそう叫んだ。
抱きかかえている男の子は、額から血を流し、気を失っている。また、男自身も酷い怪我を負っている。

「妻は殺された! 娘のウィニーは奴らに連れて行かれた! 私には、もうこの子しかいないんです!」

男はボロボロと涙を流した。フィリップは、気の毒そうな目で男を見た。

「助けてあげたいが、鉄格子が……」

フィリップは鉄格子を握り締める。己の無力さを呪うように。
押しても、引いてもこの鉄格子は石の壁のようにはいかない。ピクリとも動かない。

「鍵ならここにあります! 奴かから、奪いました。今開けますから! どうか、どうか息子を!」

男は手に持っていた地下牢の鍵をフィリップに見せ、錠前に差し込もうとした。が、手が震えて中々入らない。

「あれ、おかしいな……。目が霞んで……」
「お、お前……」

フィリップは、ふと男の足元に目をやった。
足元には、赤い血が滴り落ち、水溜りが出来ていた。この血の量を見ればわかる。この男はもう長くないと。

「私が鍵を開けよう」

通路を隠していたクリストファーが男の手から鍵を取り、錠前に差し込む。また足音が聞こえてきた。

「開いた! お前も一緒に行こう!」

地下牢の扉を開け、フィリップは男から子供と預かると同時にそう言った。
もう、間に合わないかもしれない。だが、ほうってはおけなかった。

「いえ、私はもうダメです。もう助かりません。 私はここで、お二人が逃げる時間を稼ぎます。だから、どうか……ウィルを、息子を宜しくお願いします」

男はそう言って、微笑んだ。二人は言葉を返せなかった。これ以上、ついて来いとも一緒に来いとも言えなかった。

「……わ、わかった。お前の子はちゃんと俺が治すから。約束する。クリストファー様! 行きますよ!」

フィリップは、力強く男にそう言い、子供を連れてクリストファーとともに、通路の中へと消えて行った。
男が時間を稼いだのか、三人を追ってくる者は誰も居なかった。



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