王の祈り


ある島国に、一隻の小舟がついた。

「おっちゃーん! この舟、人がいる!」

砂浜で遊んでいた手の甲に刺青がある緑がかった白髪の男の子が、小舟の中を除きこんだ。
その中には、藍色の髪の子供が二人倒れている。

「おっちゃーん! 人がたおれてるよー!」

男の子は小舟から離れ、そう叫びながら波打ち際を走り出した。
男の子が走って行った先には、釣竿と魚の入ったバケツを持った男が立っていた。
体格もよく、クリストファーよりも幾つか年上に見える。だが、もう歳も歳といった感じか、灰色の髪に少し白髪が混じっている。

「おっちゃん! こどもが二人たおれてるよ!」
「何度も言わなくても聞こえてるっつーの。ほら、ボウズ。お前はこれを持て」

男は釣竿を男の子に渡し、自身は魚の入ったバケツを持ち、小舟へと向かう。

「おっちゃん、はやくー!」

男の子はまた走り出し、小舟へと急ぐ。男はのんびりと歩くように、男の子の後を追った。
小舟にたどり着くと、男も男の子と同じように小舟の中を除いた。確かにそこには、子供が二人倒れている。

「おいおい、こりゃー、衰弱してるじゃねーか。って、おい、ボウズ! そんな危なっかしいもの振り回すんじゃねぇ!」

男は、子供を観察し、小舟の中にあった剣を振り回している男の子を怒鳴りつけた。
男の子は、今にも剣の重みで倒れそうだ。

「はーい。でも、これはおれが、持っていくー!」

男の子は剣を振り回すのをやめた代わりに、ぎゅっと剣を抱きしめた。
男は何も言わなかった。何も言わずに、子供二人を抱え、家へと向かった。
男の子も、その後をついて行った。



どの位海を漂っていたのだろうか。
いつのまにか気を失い、今はどこかの天井を見ていると思ったら、知らない男の子に顔を覗き込まれた。
何となく、海の匂いがする。

「おっちゃーん! 大きいほう、目がさめたー!」

ぼんやりとその男の子を見ていると、男の子が急にそう叫びだした。
その後すぐに、どこからか「ゼッケー声出すな!」という男の声が聞こえてきた。
ハノンとルイは同じベッドで寝ている。だが、ルイは未だ目が覚めない。

「あ、まだ起きないほうがいいよ! 今、おっちゃんがマズイメシを持ってくるからまってて!」

ハノン達の足元のベッドの上に座っている男の子は、起きようとするハノンに、男の子は笑顔でそう言い、ハノンを押し戻した。
男の子は、ニコニコした笑顔でハノンのことを見ている。

「ヘヘっ、おれはソナ。ほんとうはソナチネって言うんだけど、みんなは、ソナって呼ぶよ。きみは?」

ハノンは答えなかった。答えずに俯いた。
だが、ソナと名乗った男の子は気にせずに、次の質問を投げかけた。

「どうして、あんなところにいたの? っていうか、どこから来たの? 海の向こう?」

ソナは質問するたびにハノンに迫ってきていた。

「ねぇ、あの剣はなに?」

ぎりぎりのところまで迫ってきたソナは、壁に立てかけてあったあの剣を指差した。
ハノンは、ソナが、ソナの緑の目が怖かった。目の前の子が敵か味方かわからず、どうすることもできなかった。 また、他人にここまで接近されたことがなく、それが余計恐怖心を煽っていた。

「まぁ、いいや。きみは、おとこのこ? おんなのこ?」

ソナの問い。ハノンはその問いに、ドキン心臓の鼓動が跳ね上がったのを感じた。
頭の中で、フィリップが言っていたことが木霊する。
フィリップは、自分のことを何て呼んでいたか思い出していた。

「お、おれは、おとこ!」

やっとの思いで絞りだした声は震えていた。
自分自身でも、嘘をつくのは下手だと思っている。それに、嘘はつくなと育てられてきた。
ハノンには、初めてつく嘘。この嘘がバレるのが怖かったが、ソナは残念そうに溜息をついた。

「なーんだ。おとこかー。かわいい顔してるから、おんなのこかと思ったのにー」

ソナは残念そうにそう言うと、ベッドから降り、大きく伸びをした。
どうやら、ハノンの嘘を信じたみたいで、ハノンはほっと胸をなでおろした。
隣で、ルイがもぞもぞっと動いた。

「そうだ。おっちゃんが、元気になるまでここをうごかないほうがいいって言ってたよ。 おっちゃん、コエーし、メシはマズイけど、お頭の友達だし、いい人だよ……って!?」
「誰の飯が不味いって?」

ソナが笑顔でそう話していると、男が部屋に入っていてソナにゲンコツをくらわした。

「おっちゃん、いったーい!」
「うるさい。お前、飯抜きな」
「えー! ヒドイ!!」
「うるさい」
「いでっ!?」

ソナが煩く叫んでいると、男は再びソナにゲンコツをくらわし、部屋から追い出す。
ハノンはただそのやり取りを見ていて、男はソナを追い出すとハノンを見た。

「あいつ、煩かっただろう? あいつの親代わりの奴から預かっているんだが、うるさくてたまらん」
「……親代わり?」

ハノンは、その一言を聞き逃さなかった。

「あいつは、孤児だ。親の顔も知らない。 あいつの髪みただろ? あれは生まれつきじゃねぇ。本人がそう言ってたしな。 死のうとして、死にきれなかったのか手首に傷だってある。 俺は、あいつのことはよくわからねぇが、あいつの親代わりの奴があいつを見つけた時には、骨と皮だけで死にかけていたそうだ。 それにくらべたら、そっちのボウズは心配いらねぇよ。ただ疲れて寝ているだけだ」

男はルイを見た。ハノンもルイを見た。
ルイは、ハノンの隣でハノンの服をぎゅっと掴み、寝息を立てている。そんなルイを見て、ハノンは初めて安心することが出来た。

「あ、あの……、ここは、どこ何ですか?」

目の前にいる男は敵ではないだろうと、直観的に感じた。
だが、敵でなくても信用していい人物かわからないため、ハノンは警戒をとかなかった。
何かあったら、ルイを起こして直ぐに逃げるつもりでいた。

「ここか? ここは、サンドリア国だ。俺も、あの小僧もここ出身ではないが、ここはいい所だぞ」

聞いたことのない国の名前だった。
と、いってもハノンもルイもどんな国があるか殆どしらない。アシェル王国から出たのも初めてだ。

「ところで、お前。あの剣はどこで手に入れた? 俺は前に似たようなものを見たことがある」

男は壁に立てかけてある剣を顎でさした。ハノンはまた、心臓が跳ね上がるのを感じた。
何か適当なことを言おうと思った。だが、思いつかなかった。

「そうだな、確か……アシェル王国で見た。その髪の色、まさかお前達は……?」

男はアシュル王国で何があったのか知っているのか、じっと、ハノンの髪の色を見た。
別にそれほど珍しい髪の色ではないが、男はハノンの髪と一緒に顔を見た。
ハノンは、急にこの男が怖くなった。男の手がハノンに伸びてきた。 この手に何をされるかわからない、もしかしたらこの手で殺されてしまうかも。
ハノンは、恐怖のあまりぎゅっと目を瞑った。ハノンはわしゃわしゃとハノンの頭を撫でられるのを感じた。

「そんなに怖がるなって。俺はグレン。お前のばあちゃんと、親父と知り合いってだけだ。俺は味方だよ」

ハノンは突然のことで驚き、グレンと名乗った男を見た。
グレンは笑っていた。祖母とは会ったこともない。 よく、父コーダが話しをしてくれてはいたが、どんな人だったかもよくわからないが、父親とこの男とはどんな関係なのか。
ハノンはそれが少し気になった。海の向こうに知り合いがいると言うもの聞いたことがなかった。
この男は信用できるのか、さっきからそのことばかり考えている。

「じゃ、じゃあ……わ、おれのことも知ってる?」

ハノンは、まるで試すように問うた。
もし、自分のことを知っているなら信用しようと決めた。ハノンはグレンをジっと見て、答えるのを待った。

「知っている。ハノンだろ? 本当は女の子。そっちは弟のルイだ。会ったことはないが、話しには聞いているよ」

知っていた! グレンはハノン達のことを知っていた。
そう思った瞬間だ、突然ドアの開く音がして、誰かが入って来た。ハノンとグレンはドアの方を見た。

「やっぱり! やっぱり、おんなのこだったんだ!」

ドアから入って来たのは、ソナだった。
きっと、ドアの所で耳をそばたて、話しを聞いていたに違いない。

「お前、聞いていたのか。全然気付かなかったぞ」
「えへへ、おれだって上達してるんだよ」

グレンがそう棒読みで言うと、ソナはぱっと笑顔になった。ソナは、ハノンの方を向いた。

「やっぱりおんなのこだったんだー。でも、何でおとこのこだって言ったの?」

ソナは首を傾げた。そう言えば、どうして何だろうとハノンも思った。
男の子として過ごせと言われたから、男と言ってしまったが、何故女の子ではいけないのだろう。
ハノンは、それがわからず考え込み、黙ってしまった。

「何か事情でもあるんだ。俺達も男として接しようじゃないか。それで、お前達はこれからどうするんだ?」

グレンの問い。その問いのおかげで、性別の話題はなくなった。
これからのこと。ハノンは国に戻りたいと思っていたし、何が起きたのかも知りたかった。
何故、両親が殺されたのか、何故自分達は海を渡って逃げなければいけなくなったのか。
どうして、あの時フィリップは現れなかったのか。ハノンは全てが知りたかった。知りたくて、知りたくて、助けたいと思った。
フィリップ達を助け、両親の仇を討ちたいと思った。
でも、今のままでは何もできない。力もなければ知識もない。もう、何も出来ないのは嫌だ。
だが、ハノンはグレンの問いに答えることが出来なかった。
隣で、ルイが規則的な寝息をたて、もぞもぞと動いた。



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