王の祈り


ルイが目覚めたのは夜になってからだった。あまりの空腹で目が覚めた。

「ルイ! やっと起きた!」

ハノンはちょうどルイの様子を見に来ていた。
ルイは眠たそうに目をこすった。

「うー……、ハノン、ここどこ? しろじゃないの?」

ルイはまわりをキョロキョロと見渡す。
少し頭が痛むのか、頭を抱えている。

「ぼくたち、なんでここにいるの? 父さまと、母さまは?」

ルイはそう言って、ベッドから飛び降り、再びあたりを見渡す。

「ルイ、おぼえてないの? 海をわたったんだよ」
「うみを? どうして?」

ルイはハノンの言葉を聞き、きょとんとした。
どうやら、ルイはあの時のショックで一部の記憶を失ってしまったらしい。
実際、ハノンが話してみると両親の部屋に行った所からルイは覚えていなかった。目の前で、両親が殺され記憶を失ってしまったのだ。 ハノンは、少しそれが羨ましくも思えたが、事の一部始終を言わないでおいた。

「いろいろあって。ここで、くらすことになったんだよ」

ハノンは弟を安心させるかのように、ルイの頭を撫でた。ルイはまだ少し不安げであった。

「だいじょうぶだよ。しばらくしたら、国に帰れるから」
「ほんとう? なら、ぼくがまんする」

姉のその言葉を聞き、不安が消えたのかルイはにっこりと笑う。
ハノンは弟の笑顔を見ても、笑うことが出来なかった。

「おなかへっただろ? 食べに行こう」

ハノンはルイの手を引き、グレンとソナが居る部屋へと連れて行った。
テーブルの上には食器が並べてあり、ソナがグレンの作った料理を運んでいた。

「あ、起きたんだ。おれは、ソナ。あっちはグレンのおっちゃん」

二人が入ってきたことに気付いたソナは、料理を持ったまま二人に駆け寄った。
ルイは、知らない人に怯え、ハノンの後ろに隠れたがソナは気にしなかった。グレンは、台所で魚を焼いている。

「今、おっちゃんが魚焼いているから」

ソナは料理をテーブルの上に置き、再びグレンの手伝いへと戻る。

「あ、おれも何かてつだうよ」

そんなソナを見て、ハノンも手伝いに行ったはいいが、一体何をしていいのかがわからなかった。
城では、身の回りのことは殆ど誰かにやってもらっていた。つねに周りには人がいて、頼めば誰かがやってくれる。 だが、今は周りには誰もいない。自分一人で何でもし、弟の面倒も見なければ行けない。
食器を運んだこともないハノンは少し不安になり、取り敢えずソナのやっていることを真似するためにソナの隣に行った。

「ねぇ、ソナ」
「なんだい?」

ソナは隣に来たハノンに笑顔で答える。

「おれ、何もできないんだ。何もしらないんだ。だからさ、いろいろおしえてほしいんだけど……いいかな?」

ハノンは俯いた。何も出来ない自分が恥ずかしくなったのだ。
ソナは、うーんと唸り、何かを考えて、ニヤっと笑った。

「いいけど、条件がある」
「じょうけん?」
「うん。条件。おれと、友達になってよ」

ハノンが不安げにそう聞き返すと、ソナは楽しそうに笑い、右手を差し出した。

「ともだち? ともだちになっていいの?」

ハノンは戸惑った。今までそんなこと言ってくる人はいなかった。誰もがハノンは一国の姫として接した。
こんな時、一体どうすればいんだろう。そう考えていたが、ハノンは右手を出しソナの握手に応じていた。

「おまえ、ハノンになにするんだよー!」

ルイが突然近くに来て、ハノンと握手をしているソナをポカポカと殴った。
ソナとハノンはぱっと握手を離したが、ハノンはどこか嬉しそうであった。

「うわっ、何だよお前。そういえば、ハノンとルイっていくつ? ハノンはおれと同い年?」

ソナは、ルイをあしらい、ハノンに問うた。ハノンはルイをソナからひっぺがし、答える。

「ルイは六歳で、おれは九歳だよ」
「何だ。ハノン、おれの一つ下か。残念―」

ソナは、残念そうにそう一言言うと、再び食器運びに戻った。
ハノンは、ソナの後をついて行かず、とてとてとグレンの傍へと行った。

「あの、アシェル王国が誰かに、せめられたのを知っているんですか?」

ハノンは控えめにグレンに問うた。
アシェル王国を出てから何日がたったのかもわからないハノンには、国が今どうなってしまっているのか知るすべもない。 だがら、父と知り合いなら何か知っているかと思ったのだ。
グレンは素っ気無く「後でな」と言っただけであった。

夕食を食べ終わった頃、グレンはソナに目で合図を送り、ソナは部屋からルイを連れ出した。
部屋には、グレンとハノンだけになった。

「アシェル王国が何者かに占拠されたのは知っている。今や、世界中のトップニュースだ。一体何が起きたんだ?」

グレンは何日か前の新聞を引っ張り出し、ハノンに渡した。
その新聞の一面に、大きくアシェル王国のことが書かれてあった。 読めない字も多く、内容は難しいが、あの時のことであることは間違いない。
新聞の日付は今から4日前の日付だ。ハノンたちは4日間海を漂流していたのだ。 ハノンは新聞をぎゅっと握り締め、グレンに返した。

「おれも、よくわからないんですが、夜に両親の部屋にルイと行ったんです。 そこに、誰かが入ってきて……。両親が殺されました。それで、おれたちは海をわたって逃げました」

ハノンは自分が知っていることをグレンに話した。
言葉に出す事によって、今まで知らなかった黒い感情が湧きあがってくるのを感じた。
グレンは、ただ黙ってハノンの話を聞いていた。

「何で、父様たちがあんな目に合わなければいけなかったのですか!? どんなことでもいいんです。 何か、知っていたらおしえてください」

どこからか沸いてくるこの黒い感情は一体何なのか、ハノンはわからなかった。
グレンは、少し考えこんでいたが、一つ溜息をついて話し始めた。

「俺はアシェル王国で生まれた。俺の親父は庭師だったからな、城の内部のこともよく知っていたよ。 俺も、一緒について行ったもんだ。あの時のアシェル王国は今みたいに評判の良い国ではなかったよ。そりゃ、酷い国だった」
「ひどい、国だった?」

ハノンはグレンの話しの中に気になる単語が出てきて、反応を返した。
グレンはまた、黙り込んだが何かを思い出したかのように、はっとした顔をした。

「そうだ。クリス。クリストファーはまだ城にいたのか?」
「え? クリストファー? クリストファーを知っているの?」
「知っているさ。懐かしいなー。俺も一時期、庭師をやっててな。 クリストファーはそのくらいの時期から城で働きはじめたんだ。クリスって呼ぶといつも怒るんだよな」

グレンは懐かしそうに笑った。
クリストファーは、ハノンが生まれた時から知っている。 だからか、ハノンもクリストファーの名前が出て、少しだけ黒い感情がどこかへ消え去ったかのように思えた。
が、彼の無事を願うと、再び黒い感情は湧いてきた。

「昔のアシェル王国は、とにかく酷いもんだったよ。 貧富の差が激しくて、貴族や王族は贅沢三昧。一方国民は明日の食べる物にも困る始末。 赤ん坊をゴミ箱に捨てる母親もいた。町も臭くてな。俺達貧乏人はいつも飢えていた。 貴族達の中には平気で人を殺すような奴もいたな」

ハノンは黙ってグレンの話しを聞いていた。グレンはさらに続けた。

「アシェル王国も、カノンは……あ、お前のばあちゃんな。 現状のアシェル王国を嫌がっていたから、王位を継いでたいぶまともになったんだが、それを嫌がる人も多くてな。 対立が生まれたよ。特にカノンの父親と妹が嫌がってたな。だけど、カノンもやらかしちまったから、強く言えなくてな。 それは、俺のせいでもあるんだけど。お前、ミュゼットって知ってるか?」
「うん。父様とよく言い争いをしていました。で、父様があいつは勝手なことをしてって、文句を言っていました」

いつも父の邪魔をする祖母の妹、ミュゼット。ハノンも、ミュゼットが嫌いだった。

「あいつ、まだ生きていたのか。で、カノンは、志半ばに若くして病死。心臓が悪かったからな。 カノンが死んで、俺は国を出たけど、コーダ……お前の親父がカノンの親父から十八歳になる前に王冠を奪い返してからは、 随分と良い国になったな。アシェル王国は。お前も知っているだろ? 王位を告げるのは十八歳になった最初の子供って。 コーダは十八歳になる前に王になっちまったんだよな。それを聞いた時は俺も驚いた」

十八歳になったら王位を継ぐ。それはハノンも知っていた。
父が十八歳になる前に王位を継いだことも、祖母カノンの話しも、父から聞いていた。 だけど、アシェル王国がそんなに酷い国だったことと、城内で対立があったことは知らなかった。
父がどうしてあんなに必死に良い国を作って行こうとしていたのかわかった気がした。 どうして、祖母の妹ともあんなに言い争いをしていたのかがわかった気がした。
両親が殺された理由も、何となくわかった気がした。だが、そんなのあまりにも理不尽だ。
今はもう、皆幸せに暮らしていたのに。貧富の差だって、あまりなかったし、学校だって皆行っていた。 両親だって、良い国を作ろうとしていたではないか。それは、子供のハノンにも伝わってきた。

「いくら、アシェル王国がひどい国だったとしても……、おれはアシェル王国を取り戻したい。両親の仇をうちたい。だって……」

ハノンは拳をぎゅっと握った。この湧き上がってくる黒い感情が何だかわかった気がした。
国をあんなふうにした奴らを、両親を殺した奴らを同じように殺してやりたいと思った。
心に、憎しみが湧いてきた。黒い感情の正体は溢れんばかりの憎しみだった。

「お前が望むなら、俺が剣を教えてやろう」

グレンも、ハノンの中に憎しみが湧きあがっているのを感じていた。
ハノンの瞳が、黒く深く沈んで行く。

「お願いします」

ハノンは迷いもせずに、はっきりと言った。
あの時の目の光は、憎しみに覆い隠され消えてしまった。



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