王の祈り


ソナは、親代わりのバイエルという男が迎えに来て旅立って行った。
ハノンは初めて、ソナが世界的有名な盗賊団ソナタであることを知った。
ソナが旅立った後も、ハノンはグレンの下でルイとともに剣の修行に励み、あの日から、六年の歳月がたっていた。 九歳だったハノンは十五歳になり、背も伸びた。剣の腕も上がり、強くなった。だが、決して憎しみが消えることはなかった。


満月が輝く夜の事である。

「ハノン、お前は本当に旅立つのか? ここにいて、普通に暮らすことも出来るんだぞ?」

旅支度をしているハノンにグレンはそう問うた。
ハノンは父から受け継がれた剣を背負った。

「ルイをお願いします。俺は、国を取り戻しに行きます」

幼かった面影を隠すためか、自身と気付かせないためか、 ハノンは額に白いハチマキのようなものを巻き、ルイが寝ている部屋を見る。

「連れて行かないのか?」

グレンはルイも一緒に剣を学んでいたことを思い出した。
そのことは、ハノンも知っているはずだが、ハノンはコクンと頷いた。

「ルイまで、俺のようになる必要はないです」
「そうか。アシェル王国に行く前にバンク国の外れにある教会に行ってみろ。 神父のグレネーズが力になってくれるはずだ。後、旅先でギターを持った男に会ったら話しを聞くといい。 この男もお前の力になってくれるはずだ」

しゃがんで、ブーツの紐を結び直すハノンを見ながら、グレンは言った。
ハノンは立ち上がり、グレンを真っすぐ見た。

「じゃあ、行ってきます。ルイを宜しくお願いします」

ハノンは第二の家と言えるべき存在の家を後にし、歩き出す。一歩一歩、あの海へと。
グレンは、そんなハノンを見守る様に見つめる。姿が見えなくなるまで。

「……ハノン、死ぬなよ」

そう一言呟いて。


夜の海は不気味だった。見ていると、どこかに連れて行かれそうで、吸い込まれそうで。
まるで、底がないようで。ここには何度も来ているが、こんなに怖いと感じたことはなかった。

「っと、舟は……」
「舟ならここにあるぜ」

海を見ていたハノンは、舟を探してあたりを見渡し、懐かしい声を聞いた。
声変わりをし、低くはなっている。声の主は、波打ち際で、小舟に寄りかかっている。

「俺も一緒に行くよ。一緒に連れてってくれよ。ハノンの力になりたいんだ」

ソナは、ハノンの所に来て、ハノンの手をぎゅっと握った。
ハノンはその手を振りほどきはしなかったが、光りのない目でソナを見た。

「いつ、帰って来た?」
「さっき。おっちゃんから連絡貰って。ちゃんとお頭には言ってある。ハノンの力になるために、俺は戻って来たんだ」

ソナは真剣な眼差しで、ハノンを見た。
グレンとソナが連絡を取り合っていることは知っていた。あんなに毎日バイエルの迎えを待っていたソナ。 迎えが来た時はそれは嬉しそうで、もう二度々戻ってくることはないと思っていたソナが、目の前にいる。

「お願いだよ。俺だって強くなったんだ」

そう懇願するソナ。背も随分と高くなったソナ。ハノンとの身長差もだいぶ開いてしまった。
ハノンはソナの手を振りほどき、舟に乗り込んだ。

「ハノン!」
「何だよ。一緒に来るなら早く乗れよ」

声を挙げたソナにそう返す。
その言葉を聞いた瞬間、ソナはみるみるうちに笑顔になり、舟に乗り込んだ。

「まずは、どこに行くんだ?」
「バンク国だ。そこに俺達の力になってくれる人がいるらしい」

舟は、ハノンとソナを乗せ、バンク国へと進み始めた。
不気味に思えていた夜の海は、もう不気味ではなくなっていた。ソナが、不気味さをなくしてくれた。
この海を越えれば、国に一歩近づく。
フィリップは、他の皆は無事だろうか。ハノンは海の向こうに思いを馳せた。




フィリップは、レジスタンス活動を続けていた。
あれからたくさんの仲間達を得たが、同時にたくさんの仲間達を失った。

「フィリップ様、城の様子を見てきました」

地下のアジトに一人の少年が戻って来た。

「ウィルか、ごめんな。危ないことさせて」

フィリップは、戻って来たウィルを見た。
ウィルを見るたびにいつも思い出す。この少年の父親にこの子を託されたことを。

「これぐらいのことなら大丈夫です。俺に出来る事ならなんでもやります。 それより、城の様子ですが、ロデルがどこかへ出かけました。 誰かに電話をしているようでしたけど、他の皆にも伝えますか?」
「そうか。でも、伝える必要はないな。わざわざ、クリストファー様達を危険な目にあわす必要はない」

城を逃げだして、城下町に出たフィリップ達は何人かの仲間や協力者を得た。
だが、いつのまにか数が減る。城に潜入するたびに。外に出るたびに。
食べる物がなかったり、衛生上よくなかったりで、亡くなったものもいた。
ギリギリの状態での活動。いつ命を落としてもおかしくない。まだ、何人かが城から帰って来ない。
皆、自分から志願し、潜入してくれた。一体、何人生きているかはフィリップ達にもわからない。

「すまんな、ウィル。ウィニーは、町にはいなかったよ。ウィニーだけじゃない。 あの日行方不明になった、攫われた子供たちも見つらない。町に戻ってくるかもっていう予想は外れたな」

フィリップは、深い溜息をついた。
あの日、町に居た子供達の何人かがいなくなってしまった。奴らに連れて行かれたのを見たという人もいた。
フィリップは、ウィルの妹であるウィニーを探しだしてやりたかった。
危険を冒すウィルのためにも、自分達が逃げるのに時間を稼いでくれたあの男のためにも。

「そうですか。ウィニーは……。 そんなことより、ハノン様達は一体今、何を為されているのでしょうね? もう、俺と同じくらいになっていると思いますが」

ウィルは、話しをかえた。これ以上ウィニーの話しをしていても、暗くなるだけだと思ったのだろうか。

「そういえば、ハノン様はお前と同い年だったな。幸せに暮らしているといいんだが……」

戻って来て欲しいのと、戻って来て欲しくないという思いが両方ある。
戻って来てくれれば、きっと自分達を導いてくれる。
だが、戻ってくればまた傷つくことになる。もう、誰にも悲しい思いをさせたくはなかった。



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