王の祈り


ハノンはロアを連れて医務室を出た。ロアはいつも通りのロアに戻っていた。

「あ! ハノン! お前、どこにいたんだよ!?」

廊下に出ると、ソナとメリッサがいた。二人とも怪我をしている。ロアが医務室に来たのは、別れて結構すぐのことだったから二人は直ぐ逃げたのだろう。 ロアも逃げる二人を追わなかったから、こうして二人が生きている。
次第に人が集まってきた。ウィルが気絶しているウィニーを抱きかかえて現れ、ルイは包帯まみれの姿で現れた。
話を聞くと、苦戦していたが逃げてきたソナとメリッサに助けられたらしい。フィリップもボロボロの姿でやってきた。どうやら、彼は怪我人の手当てで大急ぎらしい。
何人か戦いの犠牲も出たとのことだ。

「ハノン様。無事で何よりです」

フィリップは、ハノンを見て安心したかのように微笑んだ。
ハノンは、何だか無償に泣きたくなった。泣きたくなり、泣くのを堪えてフィリップに抱きついた。フィリップはそっとハノンの頭を撫でる。

「ハノン様。よく頑張りましたね。もう泣いて良いですよ」

フィリップの優しい言葉。約束が終わった。その言葉を聞いた途端、ハノンの目からぽろぽろと涙が溢れた。
人が見ているというのに、子供みたいに声を上げて泣いた。本当はずっと泣きたかった。あの日から。だけど、ずっと我慢していた。 今まで溜まっていたものが溢れ出し、止まらなくなった。頭の中も、心もぐちゃぐちゃで、訳がわからなかった。

ファントムレイブの面々は、ロアによって集められ、ソルの死を聞かされた。何人かが行き場をなくしたように呆けてしまった。
ロアは、一部始終あの時ソルが言っていたことを話した。行き場をなくした彼らを、ハノンは引き受けると言ったが、フィリップとクリストファーが大反対をした。だが、ウィニーのような脳を改造された子達の治し方を知るためや、彼らの知識と技術、なにより強さは国の役に立つとの結論に達し、彼らを引き受けることになった。
ファントムレイブの面々は、何人かが国を出たが、ソルの最期の命令もあってか、ロアやロデル達は残ることになった。ソルの遺体はロア達が、どこかに埋葬した。

国民は、ハノンとルイの姿を見ると歓声を上げた。歓声をあげ、騒ぎをやめた。
助けに来てくれたメリザ地方の人々は、ソナとメリッサにアシェル王国に残るように言い、メリザ地方に帰っていった。 どうやら、メリザ地方の人々は自分達の力で土を復活させるから、土が復活したら戻ってきてとメリッサにそう言っていた。メリッサは、それを聞いて笑っていた。

ハノンは、アシェル王国だけでなく、ファントムレイブに滅ぼされたブローレンス国、ウィン皇国にも復興のために人を派遣した。
この二国も、王族は全て殺されており、助けに来てくれたアシェル王国に恩を感じたのか、自らアシェル王国の領地になることを望んだ。アシェル王国はさらに大国となった。
国の復興は、皆が協力して行った。ソナが手伝いに、ソナタのメンバーやグレンを呼び出し、国民は随分と早く自身の家を取り戻した。

ファントムレイブの面々も、次第に普通の生活に慣れていった。彼らのことを悪くいう人はいたが、誰も気にしなかった。
ミハイルの行方はわからなかったが、心なしか、ロアやロデルの顔が柔らかくなり、よく笑うようになった気がした。

ハノンは髪を伸ばした。女としての生活に戻った為か、どんどん女の子らしくなり、メリッサがブツブツと文句を言っていた。
メリッサは、グレネーズを呼び、アシェル王国に教会を建てた。グレネーズは、ハノンへの罪滅ぼしもあるのか、自らそこの神父になり、武器は全て捨てた。
ソナも仕事がない時は、その教会にいた。たまにハノンとルイと一緒にサンドリア国にいるグレンの元へ遊びに行った。
ハノンは、レンにもこのことを知らせたかったが、父親であるグレンですら彼の行方はわからなかった。
ソナとメリッサは、相変わらずだ。ウィルはウィニーが治るのをずっと待っている。ルイはロデルに負けたのが悔しいのが、修行に励んでいた。

そんなこんなで、三年が過ぎ、ハノンは十八歳になった。
ロアは、ソルに言われたとおり、ハノンを見張っていた。ハノンの傍で、ハノンを見ていた。それはもう、見張っているとは言えなかった。そして、ついにこの日がやってきた。
ハノンは自室にて、メリッサにドレスを整えられていた。青色のドレス。ハノンの藍色の髪をよく合っている。メイド達も、メリッサを手伝う。

「ついにこの日が来たのね」

長くなったハノンの髪を梳かしながらメリッサが嬉しそうに言う。
メイドが、ハノンの前に回り、ハノンの顔に化粧を始めた。

「そうだけどさ、これ動きにくいよ。何か胸だって少しキツイし」

ハノンはドレスを着るのが嫌なのか、ドレスの胸の部分をひっぱった。
直ぐに、メリッサがその手をパシンと叩く。

「そんなことしたら、皺になっちゃうでしょ」

今日はハノンにとっても、この国にとっても特別な日。

「そういえば、誰がエスコートするの? 本当なら父様だけど、誰が王冠を持つの?」

何も知らないのか、それとも知らされてないのか、ハノンは問うた。メリッサは呆れたように溜息をついた。

「もう、ちゃんと話したじゃない。エスコートするのはあなたの護衛でもあるロア。王冠を持つのはクリストファーさんよ。 あ、そうそう。グレンさん、レンさんさっき国についたって連絡あったわ。ほら、動かないの。もう時間がないんだから」

メリッサは気分よさそうに仕上げをしていく。まるで、妹が表舞台に立つ、そんな表情だ。
仕上げが終わると、メリッサはにっこりと微笑んだ。

「よし。完成。行くわよ」

女の子の格好をしているのが恥ずかしいのか、渋っているハノンの手を引き、廊下に連れ出す。
廊下には、待っていたのか男達がウロウロと落ち着かないようにしていたが、ハノンを見るとその動きが止まった。 フィリップとウィル、クリストファーは会場の準備をしているのか、姿が見えない。

「うわぁ。ハノン、綺麗―」

ソナがハノンを見て言った。ロアは何だかぽーっとハノンに見とれている。

「さすが、僕の姉さんだね」

ルイは何故か自慢げで、ハノンはハノンで恥ずかしそうにしている。

「ほら、時間がないのよ。ロア、ぼーっとしてないでエスコート! ほら、ロア!」

メリッサが、ロアが聞いていなかったので、もう一度強く名前を呼んだ。
ロアは一瞬びくっとして、我に帰り、ハノンに手を差し出した。そんなロアを見て、ソナとルイがニヤニヤと笑っている。

「ありがとう」

どこか照れながらにっこり笑うハノン。ハノンは、ロアの差し出した手に、自身の手を重ねた。

「ほらほら、急いで! 皆集まっているんだから! ハノンは裾を踏まないようにね!」

メリッサに急かされながら、この場に居た四人は急いで会場である城の正門へと急ぐ。
会場は、正門の前の広場だ。外にはたくさんの人が集まっていて、ハノンが出てくるのを今か今かと待っている。その中には、グレンはレンもいる。
ハノンは、緊張で自身の心臓が高鳴るのを感じ、ロアの手をぎゅっと握った。


正門が開き、たくさんの歓声が聞こえ、眩しい光がハノンの目に入った。
目立たないように、ルイ、ソナ、メリッサが外に出るとウィルとフィリップが門を閉める。 門の前には数段の階段があり、一段下にクリストファーが王の証である王冠を持って、微笑んでいた。
今日は戴冠式。ハノンはクリストファーから王冠を受け取り、アシェル王国の王となった。
再び歓声があがる。あの日から、九年。長かった日々。ついに、全てが終わった。あの時の小さな少女は、目の光を絶やさず、輝きを増し、ついに王となった。

「ソナ、メリッサ!」

ハノンは傍で見ていた親友二人にハグをする。
今までずっと一緒で、旅を共にしてきた仲間。

「今までありがとう」

ハノンは微笑み、二人に礼を言う。

「何言ってるの。友達でしょ」
「そうだよ。こちらこそ、ありがとうだよ」

ハグを返し、そう笑うメリッサとソナ。
三人の目には、嬉しいのか、涙が滲んでいた。




その日の夜は、一番幸せな夜だった。全てが終わり、王の座が埋まった。国も今や緑と活気と、笑顔を取り戻した。
ハノンはそれを報告するため王族が眠る、裏庭にある墓地に来ていた。お墓の周りには青い小さな花が咲いている。

「父様、母様。全てが終わったよ」

ハノンは、両親のお墓に向き合う。あの混乱の後、もう死んでしまったが一般兵がここに埋葬したという話をロアから聞いた。
二人の墓石はあとから作られた物である。だが、確実にこの土の下、この青い小さな花の下に眠る大切な人。今日の姿を一番に見てほしかった人。ハノンは両親に思いを馳せる。
二人がいないのは、寂しくて、ここに来るたびに涙がでる。でも、今日は一人じゃない。

「ハノン様。何故、私をここに連れてきたのですか?」

その傍らには、裏切り者として罵られてきたロア。でも、それももう無くなった。
初めは、ソルの命令どおりハノンを見張っていたが、その目と心は段々と変化していった。ハノンはロアの手をぎゅっと握った。

「うん。あの時、国を作る手伝いをして欲しいって言ったの、覚えてる?」

ハノンは、ロアを見ずに問うた。誰もが忘れないあの日。国を取り返したあの日。
アシェル王国は住みやすい国になった。多少の貧富の差はあるが、誰も食べ物に困らない。緑豊かで、農業にも手を出した。
全ての子供達に学ぶ権利が与えられ、孤児院も、学校も出来た。ハノンはソルに言った時の言葉を守った。人々は心豊かに暮らし、皆笑顔だ。

「覚えていますよ」

ロアもハノンを見ずに答える。ハノンは、答えを貰い、ロアを見る。

「あの時の気持ちと今も一緒だよ。だから、これからも、ずっと国作りに協力……いや、一緒に国を作りたいんだ。これからも、私の傍に居て欲しいんだ」

ハノンはロアを真っ直ぐに見た。
ロアは、言っていることがわかっていないのか表情を変えずに黙ってハノンの話を聞いている。

「えっと、だから……」

言葉を捜すハノン。
照れているようにも見えるが、ハノンは、ロアの手を強く握り、笑った。

「好きだよ、ロア」

思えば小さい頃から芽生えていたのかもしれない、この想い。だからこそ、あの時国作りの協力してと言ったのかもしれない。
ハノンは顔が熱くなるのを感じた。

「ハノン様……」

ロアはそう呟き、ハノンを強く抱きしめた。ロアの顔は、どこか優しげで、二人は幸せそうに笑っていた。
これからあの日々と取り戻す。この国は、誰もが幸せになる権利を持っているのだから。  




END




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王の祈り、完結いたしました。
最初は9歳だったハノンも今や18歳になりました。たくましく育ってくれました。
自分で道を決め、立派な王になってくれました。

他のメンバーについても立派になってくれました。
ソナやメリッサだけではなく、それこそルイやウィルも。子供組は立派になってくれました。
子供組だけではなく、大人組も。特に、ロアは大きく成長したんじゃないでしょうか。運命の相手、ハノンと出会うことで。
これから、ハノンとロア・アシェル王国は幸せな未来へ向かって行くことと思います。

小さな少女の9年間の物語は、これにて幕をおろします。
少女の復讐劇は終わり、きっとこれからは立派に国を導いてくれると思います。
特にハノンは、そこらへんの男よりカッコいいしね! 皆幸せになれよ!

2013.6.22