王の祈り


暫く走っているとどこかの部屋から声が聞こえてきた。何を話しているかわからないが、微かにどこからか声がする。
気付けば、ハノンは医務室近くの廊下にいた。ハノンは耳を澄ませ、どこから声が聞こえるのかを探る。

「……医務室から話し声?」

ハノンは医務室のドアにピッタリと耳をはりつけた。確かに中から声がする。
昔のフィリップの仕事場。怪我とか病気にかかると、よくここにつれてこられたのを思い出した。 誰か怪我人か、病人でもいるのだろうか。だが、中にいるのは敵かもしれない。
ハノンは確認のために、鍵穴から中を除き見た。鍵穴は小さくて、よく見えないが、ベッド脇に座っている女が見えた。見たことの無い知らない人だ。鍵穴からはこれ以上は見えない。
ハノンは、医務室のドアを開けた。

「おや、これはめずらしいお客さんだ。今回の騒ぎは君の仕業かね?」

医務室の中には、ベッドに横たわる男と、その脇に座る女がいた。女は鍵穴から見た人物と同じだ。男は、上半身を起こし、朗らかにそう言った。
痩せ細って、実際の年齢より老けて見える男。だが、物凄い威圧感が伝わってくる。ハノンは確信する。この人がボスだと。

「そうです。俺が城に忍び込むために騒ぎを起こしました。あなたが、ファントムレイブのボスですか?」

ハノンは男を真っ直ぐ見る。ベッドで寝ているということは、何かの病気なのだろうか。見た感じ怪我はしていない。

「そうだが、何の用だ?」

ソルが言う。戦う力はもうないと思われるのに、ゾクゾクするほどのプレッシャーをハノンは感じた。
できれば、今すぐにこの場を離れたい。そう思ったが、ハノンは真っ直ぐソルと向き合った。

「国を返して貰いにきました。今すぐ国から出て行って下さい」

きっぱりと、強い口調で言い切ったハノン。その目は、光が宿っている。
ソルはその光を見ていたが、何がおかしいのか。急に笑い出した。ハノンは少しムっとした。

「ははは、そんなことを言いに来たのは君が初めてだ。君は国を取り戻してどうするつもりなのかね?」

ハノンを真っ直ぐ見るソル。まだ名乗っていない、国を返せと言っただけなのに、ソルはハノンが誰かをわかっていた。

「国を取り戻して、誰も悲しまない、住みやすい平和な国を作るまでです」

ハノンは真剣に答え、さらに続ける。

「暴力で、従わせるなんて間違ってる。皆、幸せになる権利がある」
「ではなぜ、この世は平等ではない? 何故、戦争が起きる? 何故、貧富の差が生まれる? 片方は裕福で、もう片方は食べる物にも困る生活。 お前は裕福な子だ。俺達の気持ちはわかるまい。暴力で従わせるのが間違っているなら、この世の独裁者どもは全員間違っている。 なぜ、この世は平等ではない? お前はその答えを知っているのか?」

ソルはハノンを睨んだ。ソルの言っていることも間違ってはいない。実際、アシェル王国は随分と間違っていた。間違っていたからこそ、国の犠牲者が出た。
でも、ここで負けるわけにはいかない。

「確かに、世界は不平等です。でも、皆が皆平等だったらおかしいじゃないですか。頑張っても無駄ってことじゃないですか。それこそ不平等です」

間違っていることは言っていない。でも、相手も間違っていない。

「俺は……、私は不平等でも、誰もが当たり前にある権利を使える国を作りたい。 幸せになれる権利、学ぶ権利、生きる権利。別にあなた達がここにいたって構いません。 でも、私はファントムレイブを許さない。ファントムレイブという組織を許さない。国をめちゃくちゃにして、罪の無い人の命を奪った。 皆苦しんでいる。あなたには、この声が聞こえないんですか!?」

ハノンは、医務室の窓を開け放った。外から聞こえる国民の叫び声。抗議の声、国を返せと、思いのたけを叫んでいる。
武器を持って一丸となって戦っている。誰にも止めることは出来ない。

「そんなに国を取り返したいなら、俺を殺せばいいだろう。それで全ての決着はつく」

死が怖くないのか、ソルは笑った。ハノンはソルを睨んだ。

「私はそんなことしません。誰かが死んで終わりになんてさせません。それに、もし私があなたを殺したら、同じことが起きる。 憎しみはずっと続いていく。だから、私はしません。両親の仇も討ちません」

きっぱりと言い切るハノン。両親の仇が誰であろうと、関係ない。心のどこかで、彼じゃなきゃいいなとは思っているが、仇は討たないと決めた。 両親はそんなこと望んでいないと気付いた。
ふいに、医務室のドアが開き、人が入ってきた。ハノンは振り向かない。
誰だかはなんとなく想像がつく。その人物は、ほぼ無傷で、再びハノンに銃口を向けた。

「……私は、誰も傷つける気はないけれど、殺したいなら殺せばいい。私を殺したところで一度始まった暴走は止まらない。膨れ上がるだけだ」

ハノンは相手を見ずに言った。死ぬのは怖くない。死ねば、大好きな両親のもとに逝ける。ただ、それだけのこと。
ソルが急に声をあげて笑い出した。笑いすぎて、咳き込んだ。特に何も面白いことをしているわけではないハノンは、不思議そうにソルを見た。

「ロア、銃を下ろせ。お前みたいな王族ははじめてみた。気いったよ。命乞いもしないし、立派に意見する。 何より、その目がいい。ここで、お前を殺しても、目の光は消え無そうだな」

ハノンに銃口を向けるロアに命令をする。ソルは再び咳き込みはじめ、ロアは、素直に拳銃を下ろしたが、咳き込んでいるソルに近づいた。
手で口を覆い、咳き込むソル。その手には血がついていた。

「ロア、医者を。医者を呼んできてください」

焦るロアにそう言い放つミハイル。ロアは、医者を呼びにソルの傍を離れようとしたが、ソル本人に止められた。ソルは大量に血を吐いた。

「医者を、呼んだところで間に合わん。俺は、もう終わりだ……。そうだな、国は、お前に返そう。だが、お前も、他の奴らと……、同じなら……」
「ソル、しゃべらないで下さい!」

ロアはそう、懇願する。苦しそうにしているソル。ミハイルは目を逸らした。ソルは、ロアを見た。

「ロア、お前は……、こいつを見張って、いろ。みんなを、頼むぞっ……」
「ソル! ソル!!」
呼吸が上手く出来ないのか、苦しそうに言うソル。最期の最期に笑った。

「さよならだ、ロア」

静かに目を閉じ、ソルは動かなくなった。ハノンは、そこにいて真っ直ぐに見ていた。
国民の怒りの声が聞こえる中、ソルが死んでいくのを。ロアが、ソルの名を呼ぶのを。
暫くして、ロアは自分の頬に伝うものに気付いた。ミハイルはいつのまにか、いなくなっており、医務室にはハノンとロアだけが残された。

「ロア……」

ハノンの声で、ロアは我に帰り、涙を拭った。だが、拭っても、拭っても次から次へと涙が溢れてくる。

「もし、知っているのなら……これの止め方を教えてください……」

振り向かずにハノンに問う。悲しい。ロアは、初めてそう感じていた。

「ごめん。それはわからないけど……、ロアに頼みがあるんだ」

一歩一歩ロアへ近づくハノン。ついには、ロアの横に来たが、ロアは拒まなかった。
廊下でドタバタと足音が聞こえる。

「私はこれからこの国を作り直す。ロアにはその手伝いをしてほしいんだ。 だって、この人は誰にとっても平等な世界が作りたかったんでしょ? だったらさ、ロアがその意思を継いで一緒にやろうよ。 誰も被害者にも加害者にもならない国。当たり前に皆が権利を主張できる国。ロア達みたいな人の意見も必要だと思うんだ」

ハノンはロアと向き合い、ロアの涙を拭った。
裁きも罰も必要ない。敵討ちも復讐も必要ない。必要なのは、お互いを赦すことだけ。悪い人は誰もいない。悪いのは、アシェル王国という国だったのだから。



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