TIME LIMIT


5月。突如、子供達がいなくなるという事件が起こった。犯人は分からず、そんな中町の時計搭が火事に見舞われるという事件もあった。
自分には関係ないと思っていた鈴木涼は、いつも通りのんきに暮らしていたが、そうもいかなくなった。
昼休み。給食を食べ終わったあとだ。クラスの学級委員である山田と涼が先生から呼び出しをくらった。
正直なところ、涼は行きたくなかった。せっかくの、牛乳争奪戦でここまで生き残ったのに。今日も残った牛乳を飲むことが出来なかったのである。 牛乳は休みの人間がいなければ残らない。せっかくのチャンスだったのにと、涼は肩を落とす。

「ほら、鈴木。早く行かないと怒られるぞ」

山田は名残惜しそうに、牛乳争奪戦のジャンケンを見ている涼を引っ張り、職員室へと向かう。
涼は離れていく牛乳を見て、小さく声を漏らした。

職員室には他にも呼ばれていた生徒がいた。おそらく、涼たちと同じ学級委員だろうか。
名札の色が同じ事から、同じ学年だとわかる。

「えー、お前達もニュースを見て知っていると思うが、ここ最近物騒だ。 市内でも子供達が消えた。そこで、学校側は集団下校をすることにした。このことをクラスの皆に伝えてくれ」

生徒達に見られていて、居心地が悪いのか学年主任の男はポリポリと頭をかいた。
ざわつき、顔を見合わせる学級委員たち。だが、暫くすると皆、自分の教室へと帰っていった。 昼休みの時間がなくなるのはさすがに惜しいのだ。
涼が急いで教室へ戻ってきたことには、牛乳も全て給食当番によって綺麗に片付けられ、跡形もなくなっていた。 涼はそれを見て、溜息をつく。山田も同じように溜息をついた。

「集団下校か。めんどくさいな」
「あぁ、山田の方は人多いからな。俺のほうはそんなにいないし、普段とあんまかわんないな」

涼は苦笑いした。山田も鬱陶しいという顔だ。中学生にもなって、集団下校なんて。そんな顔をしている。

「ははっ、それもウケるな。次、理科室だからさっさと行ってようぜ。良い席取りたいし」

山田は笑い、自分の机から理科の教科書とノート、筆箱出して手に持った。
涼もゴソゴソと机の中から理科の教科書をひっぱりだした時だった。緊急の放送がなった。

「全校生徒に告ぐ! 隣町で不審者が出た! そのため、本日は学校閉鎖とする。そのようにPTAから連絡が入った! 今すぐ帰る準備をして、 担任の先生の指示に従い、集団で帰るように! 以上!」

そう男の先生が言い終わるや否や、放送は無造作に切られた。
涼と山田は、乱暴な放送を聞き、口をポカンと開け、顔を見合わせた。まったくもって意味がわからない。

「何だ? PTAの圧力? とりあえず帰りの準備をすればいいのか?」

山田がそう呟き、いそいそと帰りの準備を始める。午後の授業はつぶれたためか、どこか嬉しそうである。
涼にとってもそれは同じで、意気揚揚と帰りの準備を始めた。



校門で山田と別れ、涼は1人家路へと向かう。涼の丁目に住んでいるのは涼と、涼の弟だけだ。
こんなたった1人のために教師だって一緒に来やしない。弟は風邪で学校を休んでいる。

「あーあ、つまんねー。普通すぎてつまんねー。ノーマルすぎだろ」

涼は1人溜息をつく。涼は自分に個性がないことを悩んでいた。個性が欲しくて学級委員になったものの、小学校から学級委員やってるという山田にはとても叶わない。
その山田は内申のために、学級委員をやっているときっぱりと言っていた。
再び溜息をつく涼だが、顔を上げると変な人物がこっちに向かって歩いてくるのが目に入った。 白髪にシルクハット。赤い蝶ネクタイに黒いスーツ。黒い眼帯をし、雨何か降る気配もないのに黒い傘を持っている。 肩からは、大きな時計を下げているが、動いてはいない。
涼と同じく位の背丈なのに、現代日本にあるまじき少年の服装。個性に満ち溢れた服に身を包んでいる少年。涼は思わず声をあげた。

「何てカッコしてんだよ! あ、やべっ……」

心の声が漏れ、思わず口を手で覆う涼。自分は何も言っていませんというように。
少年は急に声をあげた涼に驚き、涼を見る。

「なんや、あんたはん。急に大声出して、びっくりするやん!」
「か、関西弁!? って、こっちの方が驚くから! 今時そんなカッコして歩いている奴なんか漫画の中だけだから!」

またやってしまったというように、涼は再び口を覆う。
変な奴を見るとつっこまずにはいられない。涼はそんな悲しい性を持っている。だが、少年は涼のつっこみなど気にしないかのようにニコっと笑った。

「カッコええやろ?」
「どこがだ!!」

自慢げに笑う少年の頭を思わず叩いてしまった。何故だかわからないけど、とってもいい音がした。
とくに痛くなかったのか、少年はズイたシルクハットを被りなおす。

「あんたはん、ええツッコミやなぁ。名前、何てゆうん?」

叩かれたことなどまったく気にしない少年。ニコニコとどこか楽しげだ。

「あ? 名前? 鈴木涼だけど……」
「な、鈴木!?」
「な、んだよ……?」

涼が名を名乗ると、少年はびっくりしたのか目を見開き、涼を見る。
変な奴だ。涼の頭にはそれしか浮かばなかった。

「なんとまー、どこにでもいそうな名前やなぁ。おっと、 そんなことゆうたら全国の鈴木はんに失礼やな! ワイとしたことがどんな失態を……。 まぁ、それはええや。ワイなー、行くとこないねん。今日泊めてくれへん?」
「は?」

1人でぶつくさ何かをしゃべっていると思ったら、急な少年の問い。しかも、目をパチクリさせて可愛い子ぶっている。気色悪いにもほどがある。
涼は、思わず呆れたようにあんぐりと口を開けた。

「いや、何で俺が見ず知らずの奴を」

こんな変な奴を家に入れたくない。涼はそう思い、丁重にお断りした。
だが、少年はそれに気付いておらず、再びにっこりと笑う。

「トキや」
「は?」
「だから、ワイの名前。これで見ず知らずの奴やなくなったやろ? それに泊めへんってゆうなら、ここで大声出してもかまわへんで?」

ニヒヒと笑うトキ。最後のは脅しだろうか。それとも本気なのだろうか。
どちらにせよ、こんな町中で騒がれでもしたらやっかいだ。涼は深い溜息をつく。

「いいよ、わかったよ。けど、大人しくしてろよ」
「わほー! さすが涼や! 話わかるぅ〜」

トキは歓声をあげ、再び涼に叩かれた。「うるさい」と言って。涼は心の底から後悔した。
変な奴を関わってしまったことを。余計な一言を言ってしまったことを。



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