TIME LIMIT
「蓬。連れてきた」
蕨はドアを開けた。ひょこっと、部屋の中を覗くと、ジャージ姿の男が机に向かっている。
男は、イスを回し、イスに座ったまま涼たちを見た。壁際を見ると、コートかけのようなものに、ブレザーがかかっている。近くの高校の制服だ。
「始めまして。俺は蓬。蕨は俺と同い年だ。あぁ、それと君の事は知っているよ。
時計屋に付きまとわれていたり、時計搭で巻き込まれたりとか。蕨と一緒に見ていたんだ」
「え!? もしかして、あの時感じた視線もあんたたちなのか?」
今まですっかり忘れていた。庭に穴が開いたとき、そういえば誰かに見られているような感覚がした。
マンションの方から何となく視線を感じた。理科室の火事やら、テストやらで忘れてしまっていたが、涼は、たった今そのことを思いだした。
「さて、お前を呼んだのは他でもない。お前にはタイムキーパーになってもらう!」
「は?」
蓬の予想もしていなかった言葉。
そもそも涼はタイムキーパーというのが何なのかわからない。そのため、気のきいたツッコミも出来ない。
「あの、俺……色々教えてくれるって言われたから、来たんだけど……」
困惑する涼。話がよく見えない。いきなり話の核心って感じだ。
涼は、助けを求めるかのように蕨を見て、蕨もその視線に気付いた。
「あー……、お前。時計屋についてはどこまで知っているんだ?」
蕨が蓬のベッドに座り、問うた。涼はキョロキョロと辺りを見渡し、その場に腰を下ろした。さすがにこのまま立ちっぱなしはきつい。
正座で座ってしまったことを、少しだけ後悔した。
「知っているなにも何も知らねーよ。時間の管理者てのと、時壊屋がいるってのくらいしか」
「あー。確かにそれだけじゃ、何も知らないのと同じだな」
蓬の一声。だからそう言っただろうと、思わず言いたくなったが、涼はぐっと堪えた。
「そうだなぁ。時間の管理者ってのは三人いるんだ。お前が会った奴らと時間屋だ。お前、ホルダーとかシナリオも知らないよな?」
蕨の問いにコクンと頷く。トキは何も語らずに涼の前から姿を消したのだ。
涼の頭にあのおちゃらけたトキが浮かぶ。時計搭の出来事。涼は、カイがシナリオがどうのって言っていたのを思い出した。
「シナリオっていうのは、未来が書いてある台本のようなものだよ。時計屋たちはそれにのっといて動いている。
で、そのシナリオを書いているのがライター。俺たちの役目は、そのシナリオを探し出し、終わらせることだ」
何だかよくわからない。涼が感じたのはまずそれだ。蕨の言っていることが、よくわからない。 >
「えーと、で、それとトキにどうゆう関係が?」
「まぁ、まて。ちゃんと話すから。シナリオには俺たちの未来が書かれている。
人が死ぬと時計屋たちが時間を回収しにくる。生まれてくるときは逆に時間を与える。
だが、時間にも限りがあるし、いつ生まれるかもわからない。時間が生まれる場所を時間園ってんだが、ここはシナリオなんて関係ない。
ここが時間でいっぱいになると、時間を回収できなくなる。ここで時壊屋の役目だ。
時壊屋は、シナリオで死ぬと書かれた人の傍で時計を爆発させる。その爆弾から時計屋がその人を守る。
そして、時間園に余裕が出来たら時間屋ってやつがいて、そいつが時間を回収するんだ」
蕨は、そこで一呼吸おいた。
「奴らはシナリオ通りに動く。おかしいと思わないか? 未来は自分で決めることだろ? 俺たちがこうして話しているのだって、シナリオに書かれているかもしれない。
そんなのおかしいだろ」
蕨が力をこめて言う。正直、突拍子も無い話だ。涼は頭の中を整理した。
蕨から聞いたこと。今までに見た事も含めて。トキが話したこととは少し違う。トキは肝心なことを言わなかったのだろうか。
蕨とトキ、どちらが正しいのだろうか。もし、蕨の言うことが正しいのなら……。R>
「梗が、弟の梗が、時計の爆発を見た。もしかして……」
涼はボソっと呟いたが、その先は言いたくなかった。
蕨を見ると、蕨がコクンと頷いた。梗は、シナリオでは既に死んでいるのだ。
「だが少し、時壊屋が変な動きをしているんだよなぁ。まぁ、でも、とにかく弟を守るにはお前もタイムキーパーになるしかないんだ!」
蕨がまるで、涼を説得するかのように声を上げた。煩かったのか、蓬が眉を寄せる。そもそも涼はタイムキーパーを知らない。
さっきから、タイムキーパータイムキーパーと言っているが、それについての説明をまだされていない。急になれと言われても、困惑するだけだ。
「いや、タイムキーパーって何だよ?」
なれと言われても何だかわからなければなりたくはない。どちらにせよ、どんなものかを聞かなければ答えなんか出せない。
涼の言葉を聞き、蓬が蕨を見る。口を開いたのは蕨だ。
「タイムキーパーは時の守り手だ。さっきも言ったようにシナリオを壊すのが目的。お前にはタイムキーパーになる素質がある。
タイムキーパーになっても、日常には支障は出ないし、弟も守れる。お前の知りたがっていることも知ることができる。どうだ? 悪い話ではないだろ?」
断るわけないよな、とでも言うように蕨が言った。圧力だ。まずそう思った。
同時に、ここまで知った以上、全てが知りたいとも、確かに思っている。だが、これ以上めんどうなことに巻き込まれたくないという思いもある。
ここで返事をすれば、変な事に巻き込まれるのは確実だ。そんな予感がする。こういう時の予感は的中するのだ。
「俺は……」
「よし。そうと決まれば蕨。さっそく登録だ。連れてってやれ」
「え!? 俺、まだ何も言ってない!」
涼が答えを言いかけると、蓬によって遮られた。しかも、何故か自分がタイムキーパーになるという事が決まっていた。
ここで涼は悟る。初めから自分に拒否権なんてなかったことを。何だか騙された気分だ。
「大丈夫だよ。タイムキーパーになっても何も変らない。時計屋にも会えるし、君の弟にはイナバがついているから心配ない」
「イナバ?」
蓬がまるで、さっきのことなどなかったかのように、にっこりと笑う。相変わらず分からないことだらけだ。
そんなわけも分からない中、涼は強引にタイムキーパーへとなる道を歩き始めることとなった。
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