TIME LIMIT


あれから数週間が過ぎた。制服は夏服に変り、涼は額に汗をかき、シャープペンシルを握ったまま固まっていた。
そんな中、終わりを告げるチャイムが鳴った。

「はい、終わりー。後ろから集めてー」

響く国語教師の声。ざわめく生徒たち。涼は、いくら考えても最後の一問がわからなかった。
あれだけ勉強したのにと、溜息をついた。しかし、これで中間テストが全部終わったと思うと歓声を上げ、思わず踊りだしてしまおうかと思うくらいには嬉しかった。

「やっと、テスト終わったぜー!」

涼の前の席の宮本が大きく伸びをした。他のクラスメイトはそそくさと帰りの準備をしている。
北村にいたっては既に教室から姿を消している。

「何だよ、宮本。テストできたのかよ」
「ははは、出来るわけないじゃん」

涼が問うと、宮本の乾いた笑いが返って来た。

「まぁ、いいじゃん。出来はさ。まだ二年だし。三年になったら頑張るよ。それに、せっかくテスト終わったんだからテストの話はナシ!」

宮本が机をバンと叩く。学生最大の敵、テスト。それがなければ学生は最高だ。

「おーい、鈴木ー」
「お。北村じゃねーかー」

教室のドアからジャージ姿の北村が現れた。
北村は、急いでいるのか涼を見つけるとその場で用件を言った。 「何か変な男がお前のこと呼んで来いってさ! ったく走りこみで忙しいのによー。とにかく俺は伝えたからなー。あぁ、変な男は校門に居たぞ!」

北村はそれだけ言うと、走って教室から離れた。涼は首を傾げた。
変な男は知っている。実際、ついこの間まで変な男と会っていた。宮本が不審そうな顔をし、涼を見た。

「あー、大丈夫だよ。多分俺の知り合い。俺、ちょっと行ってくる。山田、じゃーなー!」

涼は、帰り準備が済んだ鞄を持ち、宮本にそう言い、窓際にいた山田に手を振った。
多分、変な奴とはあいつのことだろう。見る限り変で、変な奴以外に言いようが無い。

一人校門に向かう涼。もしあいつだったら文句を言いたい。そう思うと、涼の足は自然と急ぎ足になる。
が、あいつではなかった。遠目からでもわかる。あの変な服装ではなく、身長もあいつより高い。 髪をツンツンに立てた男。見た目は全然変じゃない。涼は見たことのない男を警戒した。

「やあ。始めましてだよね」

男はにっこりと笑った。何だかうさんくさい。北村の言うとおり変な奴だと涼は感じた。

「俺を呼んでいるのは、あんた?」

正直、涼は話し掛けるか無視するか悩んだ。
うさんくさい奴と話すと必ず何かに巻き込まれると学習したのだ。トキで。

「そ。俺。ここで話すのもアレだし、来いよ。お前が知りたいこと教えてやるぜ? 時計屋のこととかさ」
「なっ!? トキを知っているのか!?」

トキの話題が出て、涼は思わず反応した。男はそれを見て、ニヤリと笑った。

「知っているよ。俺は蕨(わらび)。時の守り手、タイムキーパーだ。どうする? 俺と来るかい?」

笑う蕨。この男を信用していいのか、もしかして子どもを攫っている奴ではないのか。
涼の頭の中で色々な思いが浮かんだが、涼はコクンと頷いた。あの時起きた出来事を知るために。
涼は黙って蕨の背中を追った。歩幅の違いか、涼は少し小走りとなってついていく。何となく見たことのあるような町並みだが、同じような町並みはいくつもある。

「おい、どこに行くんだよ?」

涼は後ろから蕨に声をかける。蕨は振り向いた。

「俺の家。てか、もうついた」

青い屋根の一軒屋。蕨はそこで止まった。中々デカイ家で、涼は家を見上げた。

「ほら、来いよ。中で話すから」

門を開け、玄関を開け、涼を招き入れる蕨。招いてはいるが、中々入りづらい。
たった今会ったやつの家。正直、入っても大丈夫なのか悩む。

「あら。蕨ちゃん、お帰りなさい」

家の中からエプロン姿の中年女性が出てきた。小柄で、花柄のエプロンをしている。
どことなく、優しそうな雰囲気で、丸い雰囲気。それは、体型のせいかもしれないが。

「あ。おばさん、蓬(よもぎ)いる?」
「ええ。自分の部屋にいるわ」

にっこりと笑う女性。涼は、女性と目が合い、軽く会釈をする。
が、気まずいことには変わりない。涼はまだ門の前に居た。

「そうか。あ、こいつは例の奴。てゆーか、お前早く来いよ」
「え、あ、おう」

戸惑う涼。涼は女性に「おじゃまします」と声をかけ、靴を脱ぎ中に入る。今日の靴下に穴が開いていなくてほっとする。
家では絶対にやらないが、靴を丁寧に揃える。何となくだが、じんわりと手汗もかいている気がする。

「上だよ、こっち」

涼が中に入ったのを見ると、蕨は階段を上がり、上へと向かう。涼も小走りで後を追う。

「なぁ、なぁ。ここってお前の家なのか? でも、さっきおばさんって……」

涼は、どうにか蕨に追いつき、興味本位で問うた。蕨は涼を見る。

「いや、俺はここの居候。俺、親死んだからここにいるんだ。おっと、この部屋だな」

あっけらかんと答えた蕨は、階段を上がって右側にあるドアの前で止まった。涼は聞かなければ良かったと思い、俯いた。気まずさはまだ取れない。



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