リゲル


僕は行く準備をし、皆に見送られながら星の住みかを後にした。僕が見えなくなるまで、手を振り続ける三人。
ちょっと出かけてくるだけなのに、何だか嬉しいな。
もう、何年ぶりだろうか。本当の家に帰るのは。

「やーい、お前なんか消えちゃえ」

ふと蘇るクラスメイトの声。大丈夫、大丈夫。もう、あの時の僕じゃない。

僕の家は、ここから電車に乗って、四つ目の駅の所にある。
でも、四つ目って言っても、駅と駅の間は離れているし、電車の本数も少ない。
すぐ近くは街で、そっちの電車は本数も多いけど、そっちからじゃ僕の家には帰れないんだ。
だから、四つ先って言っても時間は結構かかる。

「お前なんかいなくなればいいのに」

ふと蘇るクラスメイトの声。

「あんたなんか生むんじゃなかった」

ふと蘇るママの声。この声を聞くと、いつも足が震えて動けなくなる。それは、きっと今も同じ。
でも、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。今の僕は前とは違うんだ。声が聞こえなくなるまで、繰り返し、繰り返し言い聞かせる。
ほら、声は遠くに行った。今の僕は昔の僕じゃない。その証拠に魔法だって使えるんだから。


僕が、すばるに導かれたのは四年前。オリオンがすばるを抜けるちょっと前だ。
学校では、いじめられていて、家ではパパから暴力を受けて、ママには罵られていた日々だった。
何でそんなふうになっちゃったのかはわからないけど、とにかく僕は居場所が欲しかったんだ。
どこでもいい、僕を認めてくれる場所、ここに居て良いって言ってくれる場所が欲しかったんだ。
誰でもいい、僕を必要としてくれる人に逢いたかった。そんな思いで、僕は学校の屋上から飛び降りた。
この世界にいたくなかった、違う世界に行きたかったから。だって、この世界には僕の居場所はなかったんだもの。
だから、僕の本来いるべき場所はここじゃないんだって、思った。

僕は飛んだ。まるで、鳥みたいに。この世界から開放されるって思った瞬間だった。
あの風が吹き、僕はその風に空の上へと連れ去られた。連れ去れた場所はもちろんすばる。
最初は驚いたけど、僕にはポラリスたちがすばるに来た時みたいに戻してくれる人がいなかった。
だから、あっという間に魔力を借りて、すばるの虜になった。だけど、この時の僕には、すばるが唯一の救いだったんだ。


僕は、導かれてからも普通に学校に行ったよ。
人に害を与える魔法は使っちゃいけないってことにはなってたけど、魔法が使えるようになって少し強くなった気がしていたんだ。
同時に優越感にも浸っていた。お前たちは魔法なんか使えないだろって。
すばるにずっと居たいって思いもあったけど、あの風が拭くのは夕方以降。僕には飛ぶ術もない。
とにかくさ、僕は強くなったと思ってたんだ。でも、やっぱり僕は僕だった。

教室に入ると、僕の机がなくなっていた。どこを探しても見当たらない。
机には色々な物がかけてあったし、教科書もあった。誰も僕と目を合わせようとはしない。
女の子たちに至っては、僕を見てクスクスと笑う。一体何があったんだろう? 僕の物はどこにいっちゃったの?

「ねぇ、僕の机知らない?」

僕は隣の席の子にそう声をかけた。隣の子は僕を無視し、何も言わなかった。
教室に貼ってあった僕の絵もない。急いで、廊下に出てロッカーを見たけど、僕の名前があるロッカーが見当たらなかった。
とにかく、一日中探し回った。でも、どこにも見つからない。僕がこの学校に居るっていう物が見つからない。

「よー、リゲル。お前、まだいたのか」

もう、下校時間なのだろうか。自分の物を探していると、いつも僕をいじめてくる大きい男の子にそう話し掛けられた。
名前は思い出したくない。

「お前、自分の物探してるんだろ? こいよ、こっちにあるから」

僕は耳を疑ったよ。多分、隠したのはこいつだと思っていたし。それに、まさか教えてくれるなんて思っていなかった。
人を疑うことを覚えたはずなのに、僕はノコノコとそいつについていった。

「ちょ、やだ! 開けてよ!!」

僕は、校舎の裏にある倉庫に連れて行かれ、中に閉じ込められた。
真っ暗で、格子がついている小さな窓しかない。電気もない。

「嫌だ! 開けてよ!!」

僕は扉をドンドンと叩く。扉を開けようともした。だけど、開かない。きっと、あいつが何かしたんだ。僕は完璧に閉じ込められた。

「俺はちゃんと、お前の持ち物がある場所へ連れて行ってやったぜー?」

僕をバカにしたような笑い声。その笑い声はいつの間にか増えていて、遠ざかって行く。

「待って! 僕を置いて行かないで! ここを開けて!!」

大声で叫んだ。泣きながら。でも、届かなかった。誰もここを開けてくれはしない。だって、僕は不必要な存在なのだから。
何で僕だけって、毎回思った。僕だって誰かに必要とされたい。僕は、暗い倉庫の中で泣いた。
窓からの光が徐々になくなっていく。太陽が沈み、夜になる。

「お願い、すばる。僕を導いて、お願い」

僕は小さな窓にへばり付き、格子の間から腕を出した。

「お願い。導いて」

それからどうやって倉庫の中から出たのかは覚えていないけど、気がついたら僕はすばるに居て、学校から消えていた。
この時の僕には、すばるが本当に救いだった。魔法が上手くなるのは嬉しかったし、すばるに居れば、いじめられずにすんだ。
僕は電車の中から、窓の外を見た。家には四年前から帰っていない。
町は変わってしまっただろうか? 家までの道は覚えているだろうか。
うん、大丈夫。大丈夫だよ。だって、僕はあの時の僕じゃないのだから。



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