ポラリス


「いけない! もうこんな時間だ! そろそろ帰らないと!」

日が傾いてきた頃、カノープスがそう言った。ペテルギウスとリゲルはいつの間にかいなくなっている。

「もう暗くなるしなー。また明日来いよ」

確かにオリオンの言う通り。最近は暗くなるのも早くなってきた。家には誰もいないけど、電話とかきちゃったら大変だ。

「そうだね。そうするよ。また明日も話を聞かせてね」

僕とカノープスはオリオンとベラトリックスに見送られながら外に出た。
皆口ぐちに「バイバイ」とか、オリオンは「気をつけろよー」とかで、手を振った。
僕たちは何度も何度も振り返り、二人に手を振り返した。少し名残惜しいけど、また明日行けばいい。
そう笑顔で、良い気分で家に帰ったのに、その気分は家に着いた途端ふっとんでしまった。
だって、家に電気がついているんだもの! 誰もいないはずなのに! 僕とカノープスはお互い顔を見合わせ、まさか泥棒?  と同じことを考えていた。カノープスがおそるおそる玄関のドアノブに手をかけると、何と鍵が開いていた! 鍵はちゃんと持っている。
カノープスはヤバイって感じで僕のことを見た。外はもうだいぶ暗い。
玄関のドアを開けると仕事でいないはずの母さんが怒った顔で立っていた。

「こんな時間まで何をしていたの?」
「母さん。帰ってくるのは明日じゃないの?」

カノープスがおそるおそる聞いた。この感じ、凄く怒られそうだ。

「仕事が早く終わったから一日早く帰って来たのよ。母さんを困らせないでちょうだい。 母さんも、父さんも仕事で忙しいのは知っているでしょう? 貴方たちはもう子供じゃないのよ」

母さんはそうため息をついた。もしかして、僕たちのことが心配で早く帰ってきたのかもと思ったけど、僕の期待はすぐに打ち破られた。
僕は悲しさと同時に怒りさえ覚えた。僕は、ついに爆発した。

「仕事、仕事って母さんはいつもそうじゃないか! いつも仕事だからって僕たちとの約束も破る。 それに子供じゃないってどうゆうこと? どこが子供じゃないっていうの!? 母さんも父さんも嫌いだ!  いなくなっちゃえばいいんだ!!」

そう言い放った瞬間、ほっぺたに痛みを感じた。母さんが僕のことを引っ叩いたんだ。僕は母さんを見られなかった。
母さんの僕を引っ叩いた手が震えているのが目に入ったから。

「ポ、ポラリス!!?」

僕はいつのまにか走り出していた。後ろから、カノープスも慌ててついてきたけど、僕は気にしなかった。
とにかくここから離れたくて、消えちゃいたくて家を飛び出した。

「待ってポラリス!」

カノープスの声が聞こえる。でも、僕は走っていた。とにかく走って、気付いたら立ち入り禁止のビルの屋上にいた。
僕はこのビルのこの場所で、オリオンに星のことを教えてもらったことがある。

「何でだよ、何でだよ!! 大人何て最悪だ! 仕事、仕事って。そんなに仕事が好きなら一生仕事をしれてばいいんだ!!」

僕はそう叫んでいた。大人が仕事しなきゃいけないのはわかってる。仕事しなきゃ、お金は貰えない。そうすると、生活は出来ない。

「ポラリス……」
「僕は大人に何かなりたくない。カノープス、お前もそうだろ?」

僕はカノープスを見た。高い所だから、風が強い。

「ぼ、僕だってポラリスと同じ気持ちだよ。もし、ネバーランドがあるなら行きたいけど……」
「ネバーランドはない」

おどおどしているカノープスに、僕はきっぱりと言い切った。

「わかってる。わかってるよ。僕だって、逃げだしたいと思うことはある。だけど、僕は……」

カノープスが言いかけた瞬間、強風が吹き、僕たちは煽られた。

「うわっ!?」

風に飛ばされ、僕はバランスを崩し、屋上のフェンスに寄りかかった。
ほっと一息ついた瞬間、寄りかかったフェンスが、バキっという音がして、フェンスは地面に落ちて行った。
だからここは立ち入り禁止なのか。

「ポ、ポラリス!?」

下に落ちそうになっている僕の手をカノープスが掴んだ。
だけど、そんな僕たちを嘲笑うように強風が吹き、風はカノープスのことを押した。

「うわっ!」

カノープスは風に飛ばされないようにと踏ん張るが、風は無情にも吹きやむことはない。

「うわぁあああぁあ!!!!」

僕たちは、ついにビルの屋上から落っこちた。風に飛ばされて。でも、心のどこかでこれで大人にならなくて済むという僕がいる。 心のどこかで母さんに謝る僕がいる。でも、どんな僕がいてもカノープスの手だけは離さなかった。


落ちて行く瞬間、何か不思議なことが起こった。落ちている僕たちに向かって風が吹いた。
だけど、今度は飛ばされることなく、僕たちはその風にのった。

「な、何が起こってるの?」

さっきまで目を瞑っていたカノープスが僕の手をいっそう強く握りしめた。

「わからないけど、どんどん上に行ってるみたい」

風は、僕たちを上へ上へと連れて行く。上に行くとなにか見えてきた。
何か建物のような? いや、あれはお城だ! 空の上にお城があるんだ!
僕たちは古ぼけた大きな城の前で風から降ろされた。ここは空のはずだよね? だって、すぐ近くに星も月もあるし。
うーんと下の方に夜景が広がっているし。空に囲まれた巨大な城。大きい塔や小さい塔。
まるで、空に囲まれたモンサンミッシェルのよう。さっきまで、あんな気持ちだったのに、僕はワクワクしていた。 それはカノープスも同じみたい。声聞かなくたって、顔を見ればわかるよ。
僕たちは城の周りを探索した。やっぱり、ここは空の上だ。しかも、夜だっていうのにたくさんの子供たちが歩いている。
マチュピチュのように高い山の上に立っているわけではないここは一体どこなんだ? それにさっきの風は一体何?

「あれ? ポラリス? それにカノープスも?」

僕たちの後ろで声がした。知っている声だ。

「何で二人がここにいるのさ!?」

振り返ると目を丸くしてそうリゲルと、びっくりしているペテルギウスが本を抱えて立っていた。

「ペテルギウス! それにリゲルも。ここは一体どこっていうか、何なのさ?」

僕とカノープスは二人に駆け寄り、僕がそう問うた。二人は困ったような顔をし、顔を見合わせている。

「どこって、何って聞かれても……。とにかく、ここは二人の来る場所じゃないよ。だから、ごめんね?」

リゲルはそう申し訳なさそうに言うと、僕たちを城の外れまで連れて行った。何か、鐘がある。

「何でこんな所に連れてきたの?」

カノープスがそう不思議そうに二人に聞いたけど、二人は申し訳なさそうな顔をして、謝るだけだった。

「本当にごめん!!」
「えっ……!?」

びっくりした。だって、僕たちはリゲルに突き落とされたんだ。さっきのごめんは、そうゆうことだったのか。

「うわぁああああああ!!」

離れて行く巨大な城。僕たちは大声で叫んだ。今度こそ終わりだと思って。
だけど、そう思った瞬間、僕の足はあのビルの屋上に立っていた。不思議なことにどこもけがしてないし、痛くない。
カノープスが不思議そうな顔で僕のことを見た。

「どうゆうこと?」
「わからない。でも、オリオンなら何か知ってるかもしれない」

そう言ったとき、母さんのこと何かどうでもいいと思っている僕に気付き、オリオンに明日も会えると思った瞬間何だか嬉しくなった。
そう思った瞬間、お腹が減った。そういえば、夕飯食べてなかったな。家に何かあるかなぁ。

「取り敢えず、帰る?」

カノープスがおそるおそる問う。そんなカノープスのお腹からも音がした。

「うん。帰って、ご飯食べよう」

こうして、僕たちは家に帰った。ここに来るときとは、まったく違う気持ちで。
僕たちは家に帰ってすぐに、リビングに行き、用意された夕食を急いで食べた。
お腹がすいていたものもあるけど、母さんに会うのが気まずいから、急いで食べて部屋に行き、そのまますぐに寝てしまった。
寝てれば母さんが来てもわからないから。



    BACK|モドル|>>NEXT