ポラリス


朝起きたとき、母さんはもういなくてリビングに置いてある僕たちのご飯の隣に手紙が置いてあった。
『昨日は引っ叩いてごめんなさい』って。僕は何だか胸が痛んだ。もしかしたら、母さんにも何か事情があるのかもしれない。
今日は日曜だって言うのに仕事に行って。父さんもだ。大人になったら父さんと母さんのこと、理解出来るのかな。 僕は朝食を食べながらそんなことを考えていた。

「オリオーン」

僕たちは、お昼頃に星の住みかに行った。明日は普通に学校があるから、宿題とか明日の準備とかを済ませていたんだ。

「おー、お前たち。来たか」

星の住みかにはオリオンとリゲルが居た。

「あれ? ペテルギウスとベラトリックスは?」

カノープスが居ない二人を探すように部屋の中をキョロキョロと見渡した。

「二人は仕事に行ってるよ」

「僕も朝一番で仕事に行ってきたんだよ」

オリオンがそう言った後、リゲルが自慢げにそう言った。そうか。そう言えば、昨日仕事してるって言ってたもんね。
でも、今日はそんなことより……。

「今日はオリオンに聞きたいことがあって来たんだ」
「聞きたいこと? 何だ?」

オリオンが不思議そうな顔をした。横目でチラリとリゲルのことを見たら、リゲルは僕たちの聞きたいことがわかっているみたいだった。

「昨日の夜、オリオンが星を教えてくれたビルの屋上にいたんだけど、急に変な風が吹いて……。 それで、僕たち大きなお城の前にいたんだ。空の上にそんなものがあることが不思議なのに、 たくさんの子供がいたんだ。一番びっくりしたのは、 そこにペテルギウスとリゲルもいたことなんだけど。あそこって一体何なの?」

そうオリオンに問うと、オリオンは暫くの間口をあんぐりと開けていた。僕とカノープスは、オリオンが何かを言うのを待った。

「お前たち、すばるに導かれたのか?」

オリオンが、目を丸くして言った。

「すばる?」

僕とカノープスが同時に言った。いつのまにかリゲルがいなくなっている。
オリオン、昨日のこと知らなかったみたいだし、リゲルとペテルギウスは何も言わなかったんだなぁ。
何か言われるのが嫌でリゲルはどこかに行ったのかもしれない。

「そう。すばる。って、ペテルギウスとリゲルの奴、知ってたなら俺にも教えてくれればいいのにーって、逃げられたか」

オリオンはそうぼやき、リゲルが居た所を見た。 リゲルの居た場所はオリオンから死角になってる所だったからリゲルがいなくなったのに気付かなかったんだ。
オリオンは、はぁ…とため息をついた。

「すばるは、全てを信じられなくなったり、この世界から逃げたいって思っている奴が導かれる場所さ。 導かれ、すばるの一員になると魔力を与えられ、魔法が使えるようになるんだ」
「魔法!? 魔法が使えるの!?」

オリオンの話を遮り、カノープスが目をキラキラとさせていた。そういえば、カノープスはそんなの信じてたっけ。昔から。

「まぁ、続きを聞けって。で、すばるではその魔法の使い方とかを習ったりするんだ。 その代わりと言っては何だが、すばるに入ると監視者がつく。いくつかのルールがあるからね。 身も心もすばるに入り込んでしまうと、現実に帰って来られなくなるんだ。ペテルギウスとリゲルは大丈夫そうだけどな」

僕は床に置いてある本を見た。やっぱり思った通り。この本はすばるでペテルギウスたちが持っていたものと同じだ。

「オリオンはずいぶん詳しいね。どうして?」

オリオンに知らないことはない。そう思っているから、僕たちはオリオンに聞きにきたんだけど。
現実に帰ってこられないとこも気になったけど、僕はどうしてもこれが聞きたかった。オリオンは気まずいそうに頭を掻いた。

「俺もすばるに居たときがある。そこで、ペテルギウスやリゲル、北斗七星に遭ったんだ。 まぁ、俺は途中ですばるを抜け出したんだけどな。あ、俺の仕事っていうのも、そうゆう感じのやつ。 絨毯を使って、魔力が込められたものを回収したりとか」

そうか。皆して魔法使いだったのか。だから、魔法のチケットとか。
オリオンの冒険談は、その仕事で冒険してきたことなんだ。だって、魔力がこめられたものってそうそうないじゃない。
呪いの銅像とかそんな感じでしょ? 映画とかでは見たことあるけど、実際には見たことない。 でも、本当にそんなものがあったなんて! でも、どうしてオリオンは……。

「オリオンはどうして抜け出したの? と、いうかどうして皆してすばるに導かれたの? ベラトリックスは?」

僕がそう問うと、オリオンは「ポラリスは質問が多いなぁ」って苦笑した。 だけど、オリオンはちゃんと答えてくれる。僕はそれがわかってるから、質問するんだ。

「俺にも色々あったんだよ。俺はすばるに入る前から、何故か魔法が使えたし、昔のことはわからないしな。 ペテルギウスは親が事故で死んで、リゲルは虐待とかいじめで、北斗七星のことはよくわかんないけど、 アルカイドは……まぁ、お前たちは知らなくていいだろ」
「ペテルギウスとリゲルが……」

オリオンの話を聞き、カノープスが悲しそうな声を出した。きっと、二人に同情しているんだと思う。
ペテルギウスが孤児だっていうのは聞いてたけど、まさか事故とかだなんて……。それに、リゲルも。
リゲルはあんなに良い子なのにどうしてそんな目に遭わなきゃいけないんだ? 虐待とかいじめって最悪じゃないか。 特に虐待は……やっぱり大人って嫌だな。
オリオンはすばるに導かれる前から魔法が使えただって!? カノープスはそこには何も反応しなかったけど。 でも、何かオリオンならあり得そう。だって、凄く不思議な人だもの。

「まぁ、そのあたりのことはあんまり聞くなよ。俺のことも。聞いたって俺がわからないから答えられないし。 っと、後ベラトリックスはすばるには導かれてないよ」
「絨毯は? 絨毯もすばるで貰ったの?」

僕はまた問うた。

「いや、絨毯は俺のだよ。今の俺が覚えている限りでは、俺はこの絨毯とずっと一緒さ」

オリオンは、隣に置いてある絨毯に手を触れた。絨毯はオリオンにとって宝物なんだね、きっと。

「それにしても、まさかお前たちが導かれるなんてな」

オリオンは僕とカノープスを交互に見た。もう、僕たちにはどうしてすばるに導かれたのかわかっていた。 だけど、わからないふりをした。

「お前たち、大人になりたくないって思ってるだろ? 大人になるくらいなら、 ここから消えたいとかそんなこと考えてただろ? そんな思いからすばるに導かれたんだ」

僕とカノープスは何も言わなかった。何も言えなかったのかもしれない。わかってるよ。 大人にならなきゃわからないこともたくさんあるってことも。

「大人って、本当はさ。悲しい生き物なんだよ。でも、大人にならなきゃ夢を叶えられない」

わかっている。オリオンの言いたいことはちゃんとわかっている。
だから、そんな真剣な目で僕たちを見ないでよ。
ちゃんとわかってるから。母さんたちのことを理解するためにも、大人にならなきゃいけないんだ。

暫く、誰も口を開かなかった。暫くした後、

「もう聞きたいことはないか?」

とオリオンが言った。オリオンはニカっと笑っていた。だから、僕たちも自然と笑顔になった。

「うん、もう大丈夫。それより僕、またあのチケットをつかって映画の中に入りたいんだけど」

カノープスはいつもこうだ。すぐこんな風に我侭を言う。カノープスはちゃんとわかっているんだろうか。オリオンの言ったことを。

「あー、あれね。あのチケット、ベラトリックスがずっと持ち歩いているんだ。 もう使っちゃ駄目だって。これじゃあ、持ち主にも返せないよな」

オリオンはニカっと楽しそうに笑った。オリオン、全然気にしてないし、困ってなさそうだ。
僕は内心ほっとしていた。だって、もうあの引っ張られる感覚、二度と味わいたくない。



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