冬の使い


家に帰るとお父さんとお母さんが喧嘩をしていて、小さな妹が泣いていた。
またか、という感じでお兄ちゃんは溜め息をついた。

「だから、俺のせいじゃないって言ってるだろ! 食べ物がなくなるのは!」
「あんたの給料が少ないから大変なのよ! ただでさえ、冬は大変なのに……」
「俺のせいじゃないって言ってるだろ! それに、金ならセフィードが入れている金があるだろ!」
「セフィードのは生活費に使ってるわよ! あんたがちゃんと働かないのがいけないのよ!!」

冬になると、お父さんとお母さんは仲が悪くなる。突然に。お金がないとかなんとかで。
本当にお金がないのかは、僕にはよくわからないけど。

「ベル。ルージュを部屋に連れて行け。俺は喧嘩を止める」

お兄ちゃんはやれやれって感じで、リビングで怒鳴りあっている両親の所へ行った。

「ルー。行くよ」

僕は、お兄ちゃんに言われたとおり、イスに座って泣いているルーを抱っこして、2階にある僕の部屋に向かった。喧嘩の声にお兄ちゃんの声が加わったのが聞こえた。
僕は、その怒鳴り声がルーに聞こえないように、ルーの耳を塞いだ。
冬になると、食べ物が少なくなるから値段も上がる。それも、結構高い値段になるんだ。 そのせいで、生活も苦しくなり、お父さんとお母さんは喧嘩するんだってお兄ちゃんが言っていた。 これは、お母さんが怒鳴っていた時に言っていたことだけど、お父さんの方がお兄ちゃんよりお給料が低いんだって。

「明日は喧嘩しないといいね」

怒鳴り声がやみ、ルーが泣き止んだ。
僕はルーの耳から手を離し、そう話しかけていた。

「もうすぐ冬休みだから、喧嘩しないでほしいな」

休みになるってことは毎日家にいるってことになる。そうなると、怒鳴り声を聞く確率もあがる。そんなの嫌だ。
スノーウィーの所に避難したけど、スノーウィーは冬眠しちゃうから、家に行くことも出来ない。どうしたら喧嘩しなくなるのかな。冬がなくなれば、喧嘩しなくなるのかな。
急に玄関のドアがバタンと閉まった音がした。ドアを乱暴に閉めたのか、もの凄い音がした。
僕はびっくりして、窓から外を見てみると、お父さんが走って行くのが見えた。後姿だけでわかる。お父さん、物凄く怒っている。 まさか、出て行っちゃったとかじゃないよね? 帰ってくるよね? 
お兄ちゃん上の来ないかな……。今、下には凄く行きづらいよ。その思いが届いたのか、誰かが階段を上がってくる音がした。 この足音はお兄ちゃん? お母さんだったらスリッパをはいているから、ぱたぱたするはず。

「お兄ちゃん?」

僕は、ルーをベッドに座らせ、ドアを開け廊下を覗いた。
お兄ちゃんは、ちょうど自分の部屋に入る所だった。

「もう、ルー連れて下に行っていいぞ」
「でも、お父さんが……」
「直ぐに戻ってくるよ。冬になると、いつものことだろ?」

お兄ちゃんは冷静で落ちついている。いつもの事だからと。
でも、お父さんが出て行っちゃったのはいつもの事じゃないよ。こんなこと今までになかったよ。

「俺も着替えたら直ぐ下に行くからさ」
「うん」

お兄ちゃんはそう言って部屋に入り、ドアを閉めた。
僕はルーをつれて、下に戻った。きっとお母さん機嫌悪いんだろうな。

「何よ、あいつ。もう、勝手にどこへでも行けばいいわ」

お母さん、キッチンで肉を切りながらそうブツブツと言っていた。
やっぱり機嫌悪いんだ。

「学校だって、ダタじゃないのに……」

僕は聞こえないふりをして、ルーを抱っこしたまま廊下へ出た。
きっと、僕の事だから聞きたくないんだ。それに、あんな機嫌悪いお母さんとは関わり合いになりたくない。

「ベル。ルー貸しな。重いだろ」
「お兄ちゃん」

お兄ちゃんが着替えて戻って来た。お兄ちゃんは、ルーを抱き上げた。
お兄ちゃん、家でいつも着ているジャージに、メガネになっていた。コンタクト外したんだ。

「お母さん、凄く機嫌が悪いね」

お母さんには聞こえないように小声で言った。

「いつもの事だ。心配するな」

お兄ちゃん、意地悪ですぐ僕の事をバカにするけど、何だかんだで頼りになるんだよな。だから、お兄ちゃんにそう言われて少し楽になった。
お兄ちゃんが言うなら、大丈夫なんだって。

「さ、こんな所にいないでお茶でも飲もうぜ」

お兄ちゃんはそう言って笑った。そんなお兄ちゃんの腕で、ルーがスヤスヤと寝息を立て始めた。
ルーは小さいから何も考えなくてもいいし、何もしなくていいから少しだけ羨ましいな。



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