蒲公英


5月。
5月と言えば、新人たちが新しい環境にやっとなれてきた時期だ。
だか、その環境になれない者もいる。
それが今回の主人公。





ここはある高校の裏庭。
時間は昼休み。

「んだよ。こんだけしか持ってねぇのか? ったく…これじゃあ何にも出来ねぇよ…」

その裏庭には、気の強そうな青年と眼鏡をかけた気弱そうな青年がいた。
勿論さっきのセリフは気の強そうな青年のセリフである。
気弱そうな青年は怯えているようにも見えた。

「まっ、取り合えずこれはありがたく貰ってくわ」

気の強そうな青年は、気弱そうな青年の財布の中から5千円を抜き取り、財布を気弱そうな青年に投げ返した。
財布は地面にポスっと落ちた。
気弱そうな青年の顔には殴られたような跡があった。

「ちっ…。どいつもこいつもくだらない。俺、帰るから担任とか教師に何か聞かれたら言っとけよ」

気の強そうな青年は地面に置いてあった鞄を取り、背負った。
気弱そうな青年はコクコクと何度も頷いていた。
どうやらこの2人は同じクラスみたいだ。
気の強そうな青年は、気弱そうな青年がコクコクと頷くのを見ると、学校の周りに張り巡らされているフェンスを乗り越えた。
気弱そうな青年は気の強そうな青年が去ると、まるで腰が抜けたようにその場にストンと座り込んだ。

この気の強そうな青年に代名詞を1つつけろと言われたらこれしかないだろう。
それは…不良青年。
これが高校1年生の柳沼 直紀(やぎぬま なおき)に周りが勝手につけた代名詞だった。
直紀には友達と呼べるような人がいなかった。
学校に行ってもあのような行為…つまりカツアゲを繰り返していたのだ。


彼に会うまでは。そう、彼に会うまでは…。






直紀は学校から出ると当ても無くただブラブラと歩いた。
今、家に帰れば母親にうるさく聞かれるのは間違いないだろう。
直紀はそんな母親をうっとうしく思った。
直紀にはこの世の全ての音が騒音に聞こえた。
信号の音も、人の話声も。
そしてビルを建てる音も。
直紀の目には何も止まらなかった。
信号待ちをしているお年寄りも、その辺をウロウロしている野良犬も。
だか、流石に大きなものは目に止まった。

「くそっ…。じゃまくせービルだな。こんな所に建てんじゃねぇよ……」

直紀は作り途中のビルに悪態をついた。
何故、こんな所にビルが建つか何て直紀は勿論知らない。
ただ目に止まったから悪態をついたのだ。

「ちっ……。どいつもこいつもくだらねぇ…」

直紀は再び歩き出した。

クシャ………。

足元で何かを踏んだような音がした。
直紀は何を踏んだのだろうと思い、何かから足をどけ、踏んだものを見た。

「……たんぽぽ?」

直紀は一輪のたんぽぽを踏んだようだった。

「何で、たんぽぽがこんなヒカゲに?」

直紀はたんぽぽがよく見えるようにしゃがんだ。
そうなんだ。ここはこのビル工事が始まる前まではヒナタだった。
が、この作り途中のビルのせいでこの場所は永遠とヒカゲになってしまったのだ。

直紀とたんぽぽの近くを車が通った。
直紀とたんぽぽは排気ガスにつつまれ、直紀は咳き込んだ。
たんぽぽは、直紀に踏まれたせいか、それとも排気ガスを被ったせいか、この場所がヒカゲなせいか弱々しく見えた。

「お前…1人で寂しくねぇのかよ。苦しくねぇのかよ……」

直紀はたんぽぽに小さく呟いた。
当たり前だが、たんぽぽは答えなかった。
暫く沈黙が流れた。
風の音だけが聞こえた。
直紀は、何を思ったのか、優しくたんぽぽを引っこ抜いた。
そして、今度はどこかに当てがあるように歩き出した。



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