ペテルギウス
おじさんは、目を開けた。
「あの子の母親も、すばるを抜けることが出来なかった……」
おじさんは、悲しそうに呟いた。俺はおじさんを見た。
「あの子の母親も、子供時代に酷い目に合い、心に深い傷を負っていた。
結局、その傷は癒えることもなければ、乗り越えることも出来なかった。
悪い仲間から、太陽を殺せば幸せになれると聞き、彼女は自らの手であの子を海へ引きずり込んだ。
あの子はその日を境に、記憶がない。海はあの子を守ろうとしたが、私が二人を海から引き上げた時には、もう遅かった。
あの子は壊れてしまっていた。呼んでも反応しなかった。あの子は、壊れ……自分の記憶を封じた。
あの木箱はね、あの子が心や頭から追い出した、いらない物なんだよ。
そのいらない物が形となったものだ。私は、あの子に絨毯を渡した。あの絨毯は、元々は私の物だったんだよ」
おじさんは悲しそうだった。
オリオンの過去、オリオンですら知らないこと。俺はそれを知ってしまった。
衝撃と、驚きと、知ってしまっていいのかとか色々複雑な思いで、暫く何も言えなかった。
あいつは、これを知ったらどうするんだろう。耐えられるのだろうか。
これを知っても、あいつは……笑うという選択が出来るのだろうか。
「彼女は……あの日から、私が見張っていたんだが、急にいなくなってしまってね。
彼女はきっと、オリオンに逢いに行くだろう。あの子を頼むよ、ペテルギウスくん。
勝手なお願いだとは思うけど、私にはどうすることもできないんだ。私はあの子も彼女も守りたい」
おじさんは、悲しそうに、苦しそうに笑っていた。
俺は、真っ直ぐ星の住みかに帰らなかった。おじさんの、あの表情が忘れられない。
大人もあんな悲しそうな顔をするんだ。そんなことを考えていた。
オリオンのこと、おじさんのこと、どうして皆が望んだ幸せを手に入れることが出来ないんだろう。
星空はこんなにも綺麗で、世界だって美しいのに。
どうして、俺たちはたった一人の自分を幸せにできないのだろう。
星の住みかの近くの公園で、そんなことをぼんやりと考えていた。
帰る時、黒髪の女の人とすれ違ったけど、とくに気にしなかった。
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