カミカクシ


隣町の小学生がまるで、神隠しにあったかのように消えた。不審者に連れされたと、大人たちがコソコソと話をしていたのを聞いた。 警察は小学生を探すために動き、大人たちも探していた。
だが、晴太は、そんな噂が耳に入ってきても、特に不思議がることもなく、いつも通り過ごしていた。 身近のようで身近ではない事件。その事件に実感が持てなかったのだ。なにより、自分のところに入ってくる情報が少なすぎる。
もしかしたら、家出かもしれない。家出なら、そっとしておくべきだ。家出経験のある晴太はそう思っていたのだ。

「絶対、鬼の仕業だよ! このへん一帯には昔から鬼の伝説が多いっておばあちゃんが言ってたし」
「そりゃー、迷信だよ。うちのジジイも小学生が消えたのは、祟りだとかほざいてたけど、祟りなんてあるもんか」

いつもの昼休み。小柄で細い男子生徒と大柄で体格のいい男子生徒が言い合いをしている。 話の内容は、例の小学生が消えた事件についてだろう。ぎゃあぎゃあと言い合いをする2人。 晴太は、そんな2人に関わることなく、ぼんやりと窓の外を眺めていた。見渡す限り平面。高いビルなんて1つもない。
この春、中学の入学にそって、母親の実家があるこの町に引っ越してきた。人口も少なく、クラスも多くて2クラス。コンビニも、なにもないど田舎。

「じゃあ、鴻池もうちのおばあちゃんに話を聞けばいいよ!」
「嫌だよ。お前んち、馬糞くせーもん」
「なんだと」

仲がいいのか悪いのか。相変わらず言い合いをしている2人。近くで1人の女子生徒がオロオロとしている。

(確か、秋竹くんと鴻池くんだったけ)

窓から目を離し、2人を見る。クラスの乱暴者鴻池真斗と、その真斗と対等に渡り合う秋竹有人。 さすが田舎なだけあってか、クラスの全員が顔見知りだ。そんな、全員が知り合いで、1人だけ部外者のような晴太はいまだクラスに馴染めずにいた。

「そもそも、その行方不明になった子は最後どこで目撃されたんだろう」
「よくある失踪か誘拐だろっ。そのうち、身代金の電話が来るんだよ」
「鴻池、うっさい」

チャイムが鳴る。全員が大人しく席についた。静かになった教室。
それでも、自分の後ろの席である有人と、その隣の隣の真斗は目で火花を散らしていた。




授業中、晴太はノートに絵を描いていることが殆どだ。幸い、都会にいたころは中学受験を考え塾に通っていたためか、既に塾で習った範囲であった。 晴太は、何をするよりも絵を描くのが好きだった。

「ねぇねぇ、秋本くん」

先生に見つからないように絵を描いていると、後ろから背中をつんつんされた。有人だ。

「どうしたの?」

後ろに少しだけ、椅子をずらす。

「秋本くんは、鬼とか信じてる?」
「え?」

突然の問い。予想にもしていなかった問い。ごほんという、先生の咳払いが聞こえる。視線を向ければ、こちらを見ている。

「やばっ、また後で話そう!」

有人は、先生と視線を合わせないように下を向いた。
鬼の話。祟り。確かに、晴太の家でも、祖母はそんな話をしていた気がする。よくある、一種の都市伝説みたいなものだろうか。晴太は、ひとつため息をつく。

(鬼でも、人でも、もし本当に行方不明なら、こんな話で盛り上がることが不謹慎な気もするけどな)

そんなことを考えながらも、晴太は再びノートに絵を描き始めた。




放課後、各々が部活へと出向いていく。晴太は、部活には入っていない。入る気もない。 いや、それは少し嘘になるが、入学早々に美術部を見学しにいったところ、思っていたのとは違ったのだ。 女の上級生に、男子が少ないから入るように説得されたが、あそこは自分の居るべき場所ではないと感じた。

「秋本くん! 一緒に帰ろうよ! さっきの話の続き!」

帰り支度をしていると、既に帰り支度がし終わった有人に話しかけられた。

「一緒に帰るのは構わないけど、僕は鬼とかには興味はないよ」

先に釘をさす。有人は、にっこりと笑った。

「あははっ、何となく知ってたー」

のんびりとした空気を纏う有人。何だか一緒にいると気が抜けてしまう。

「まぁ、でも、騒いでいる祟りの話は聞いてみたいかな。そのうち、うちの祖母も何かそんなことを言っていた気がするし」
「あー、まぁ、お年寄りの多くは祟りだと思ってるからねー」

曖昧に笑う有人。2人は連れ立って、教室を出た。

「そういえば、秋竹くんは部活とかやってないの?」

校舎を出ると、運動部の面々が部活に勤しんでいる。全校生徒の数が少ないためか、広い校庭を運動部が贅沢に使っている。

「んー、入ってないよ。家の手伝いしなきゃいけないし、本も読みたいし、妹の面倒も見ないといけないからね。兄も、何か色々忙しいみたいだし」

あはー、とのんびりと笑う有人。

「確か、馬の牧場だったっけ」
「そーだよー。馬って、凄く利口で可愛いんだから!」

それから、有人は終始馬の話をしていた。鬼の話をする予定ではなかったのだろうか。楽しそうに馬の話をする。



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