カミカクシ
「晴太くん!」
息をきらし、先程わかれた場所に行くと、有人はすでに居た。懐中電灯を持って。いたのは、有人だけじゃない。
「テメェ、有人! なんでこいつなんだよ! 都会のもやしじゃねーか! 大体何で、琴子が。有人、お前が琴子の代わりに消えろよ!!」
真斗だ。隣にいる有人に終始悪態をついている。
「鴻池、うっさい。お前のことも呼んでない」
イラついているのか、先程晴太を呼んだ声より幾分トーンが低い。真斗は、手に木刀を持っている。
「そうだ。陸上部の子に聞いたけど、琴子ちゃん。学校は出たらしい。
だから、学校から、家に帰るまでで消えたんだと思う。大人たちは、一度集会所に集まるって言ってたから、大人たちが来る前に通学路を探したいんだ!」
「お前に言われなくても、初めからそのつもりだわ!」
「鴻池、うるさい。あと、頭触るな」
大柄な真斗が、小柄な有人の頭をペシペシ叩く。すぐに、その手は有人によって、弾かれた。
「じゃあ、行ってみよう。もしかしたら、怪我で動けないだけかもしれない」
晴太の言葉に2人は頷き、早足で歩き出す。口々に琴子の名前を呼びながら。
何度呼んでも琴子からの返事はない。事故にあったのではないだろうか、もしかして本当に消えてしまったのか。じわりじわりと、嫌な予感が広がっていく。
「あ」
神社のある森についたとき。晴太と、有人の足が止まった。
「あ? なんだよ、子供じゃねーか」
あの時の男の子がいた。真斗が、男の子にガンを飛ばす。男の子は、とくに気にしていない。
「壇上琴子を探しているのか?」
「琴子ちゃんを、知ってるの!?」
男の子の問いに、有人が食いつく。男の子は、3人を、見る。
「ついてこい」
そう一言だけ、告げ、森の中へ。3人は顔を見合わせる。真斗だけが、よくわかっていない顔をしている。
「行くしか、ないでしょ!」
カチリと、懐中電灯をつけ、有人が森の中へと入る。晴太も、それに続く。状況がわかっていない真斗が一歩遅れる。
もしかしたら、騙されているのかもしれない。このまま、消えてしまうのかもしれない。そんな不安がないわけではない。
ただ、そんな不安より、今ここで、行動を起こさないと琴子は見つからない気がした。
何となくだが、もしかしてだが。晴太は、どこに向かっているのか、わかるような気がした。
男の子は、あの神社につくと、まるで吸い込まれるように鳥居の中に入って行った。
「は!? こんなところに神社!?」
真斗が声を上げる。晴太と有人は、お互い顔を見合わせ、頷く。
やはり、ここに来てしまった。もしかして、本当に神隠しなのかもしれない。
そう思いつつ、3人は鳥居をくぐる。その瞬間、ぞくりとした悪寒が、全身を貫いた。
「一体、何だってんだよ!?」
真斗も、悪寒を感じたのか声を上げる。一歩一歩と、進んで行く。
参道にそって、曲がると今にも崩れそうな本堂が見えた。本堂の前にはボロボロの賽銭箱が置いてある。両脇に鎮座している狛犬も、ところどころかけている。
「あの人、管理なんて全然してないじゃん」
そんな状態の神社を見て、有人がぼやく。男の子は、本堂をまっすぐ指差していた。
ふいに、晴太の鼻が、血の匂いを感じ取る。晴太足が止まる。これ以上、先に進みたくない。
「行くしか、ないよ」
有人も、何かを感じているのか冷や汗をかいている。
晴太は、頷き、まるで地面に張り付いてしまった重たい足をどうにか動かす。どくん、どくんと、心臓の音がする。
本堂に近づけば近づくほど、血の匂いは濃くなり、2人も匂いに気づいたのか、顔を背けた。血の匂いの中に、肉の腐った匂いが混じっている。
よく見ると、本堂に鍵はかかっていない。
「琴子ちゃん!!」
有人が、本堂のドアを開けはなつと、そこには、目を疑うような光景が広がっていた。
真っ暗で、決して広くはない場所に、縛り付けられ泣いている子供が1人。その子供の横に、頭から血を流し倒れている琴子の姿。
さらに、その側に目を剥いたまま、倒れている子供2人と、首輪をした腐りかけた犬と思わしきものの姿。
「な、な、なんだってんだよ!?」
あまりの光景に、真斗が声をあげる。思わず鼻を覆いたくなる血の匂いと腐敗臭。
「琴子ちゃん!」
有人が、琴子に駆け寄る。口元に耳を寄せる。有人に、安堵の表情が広がる。
「君、名前は? ちゃんと言える?」
琴子の生死を確認すると、縛り付けられている子供の縄と、口にはってあるガムテープを剥がす。縄を解いても、手首にくっきりとあとが残っている。
「け、賢人。犬飼賢人!」
賢人と、名乗った子供は解放されたことで、何かが溢れ出したのか、声をあげて泣いた。
「男の子だったんだ。もう、大丈夫だからね」
有人は、ぎゅっと賢人を抱きしめた。
「おいおい! とにかく、ここから逃げようぜ!! やばすぎるだろ!!」
真斗が慌てたように声をあげる。
「待って! 逃げるのには賛成だけど、電話する!」
忘れていたわけではない。晴太は、ポケットから携帯電話を取り出し、百十番をする。
「そっか! 携帯! 通学路の吉井さんちの畑の近くの森って言えばわかると思うから!」
「わかった!」
「何で、お前らそんな冷静なんだよ!?」
真斗の声を無視して、相手が出るのを待つ。繋がった!
「!! あの、吉井さんちの、畑の近くの森です! 琴子ちゃんと、犬飼賢人くんがっ……」
そこまで、言って頭に何か衝撃を感じた。
「晴太くん!!」
有人の声がする。携帯電話が、手から取り上げられる。ぐわんと痛む頭を押さえながら、後ろを向くと、そこには……。
「こんなところで、何やってるんだい? ダメじゃないか。勝手に入ってきたら」
朗らかに笑うあの男の姿が。賢人が小さく悲鳴をあげた。
ああ、わかってしまった。全てが繋がった。まさしく、この人が、鬼だ。
「悪い子には、お仕置きが必要だね」
男は、楽しそうに笑い、手に持っていたノコギリを、晴太めがけて振り下ろす。もう、ダメだ。
「晴太くん、逃げて!!」
「晴太!! っ、おい!?」
間に合わない。有人と真斗の声がする。晴太は、ぎゅっと、目をつぶった。
何かに、どん、と突き飛ばされた。刃物の痛みではない。目を開けると、そこには。男のノコギリを、真斗の木刀で受け止める男の子の姿。
「はやく、逃げろ」
晴太を見て、男の子は呟く。男の子の額に、うっすらとだが、ツノのようなものが、見えた気がした。
「鴻池! 琴子ちゃんを! 晴太くんは、賢人くんを! 僕じゃあ、背負えない!」
「お、おう!」
「わかった!」
有人の的確な指示に従い、行動する。2人をおぶさり、有人先頭で、男と男の子の脇をすり抜け、全速力で神社を出る。男が、何か叫んでいる。
森を出たところで、晴太が呼んだパトカーに会った。事情を説明し、数人の警官が森の中へ。
琴子と賢人は、病院へ。晴太と、有人と、真斗はそのまま警察署へ。男は身柄を確保され、一連の神隠しの犯人とされた。
だが、警察が神社についたときには、あの男の子の姿はなかったという。
警察署に連れていかれた3人は、迎えにきた親たちに、こっぴどく叱られた。晴太の母親にいたっては、その場で泣き出してしまった。
何となく気まずい雰囲気が流れたが、何だかその雰囲気がおかしくて、晴太は思わず笑いそうになった。
何故、男はあんなことをしたのか。晴太たちには、知るよしもなかったが、子供たちが、消えるということは、もう起きなかった。
それから、暫くたったころだ。晴太はあの神社が取り壊される話を聞いた。
「多分さ、僕が思うにあの男の子神社の神様だったと思うんだ」
有人の言葉に晴太も頷いた。あの男の子は、自分たちに知らせようとしていた。守ってくれた。
「うん。僕もそう思う」
「だからさ、取り壊される前にちゃんと挨拶に行こう」
晴太は、コクンと頷いた。あの男の子の姿を見かけることは、あれ以来一度もなかった。
END
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2018.2.4
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