カミカクシ


次の日。晴太は、母親に言われた通り携帯電話を持って出た。ただ、携帯電話を持っていることを知られたら何かと面倒だ。晴太は、携帯電話を鞄の奥底にしまい込んだ。

「秋本くん!」

自分の席に座り、ノートにがざがざと絵を描いていると、有人に声をかけられた。
声の方を見ると、有人と琴子の姿。どうやら、一緒に来たらしい。 そんな2人の姿を見た、たった今教室に入ってきた真斗がからかうようなことを言っているのが聞こえた。
琴子は困ったように、どこか照れくさいように笑っていたが、有人は完全無視を決め込んでいた。

「おはよう、秋竹くん」
「おはよう! 聞いてよ! あの、昨日の神社、結構やばい神社だった! おばあちゃんに聞いたんだ!」

朝からテンションが高い。鞄から教科書を出し、机の中にしまっていく。3冊ほど、授業に全く関係ない本が見えたが気のせいではないだろう。

「まぁ、いいや! また、放課後に話すよ! 本当に凄いんだから!」

わくわくした声を出す有人。チャイムがなり、欠伸をしながら担任の先生が教室に入ってきた。




放課後、有人はわくわくした声で晴太に話し始めた。教室内を見渡すと、大部分の人が部活へと向かっていく。

「それでさ、昨日の神社なんだけど! あ、そうだ! 今日は図書館に行きたいんだ。秋本くんもどう?」

話が飛ぶ。特に嫌な感じはしないが、神社がどう凄いのかなにもわからない。

「いいよ」

とくに用事がない晴太は、二つ返事でオーケーした。用事があるとすれば、昨日よりははやく帰るということだ。

「よし! 多分、図書館に神社の本もあるだろうし、そこで話すよ!」

あはは、と笑う有人。2人は昨日と同じように並んで校舎を出る。校庭のそばを通った時、走っている琴子を見つけた。
目が合う。琴子は有人を見て、有人は琴子を見て、照れくさそうに笑った。なるほど。晴太は、なんとなく、2人の関係性を理解した。

「そういえば、秋竹くんはさ、行方不明のこと、どこまで知ってるの?」

ふと、気になった。昨晩、うっかりなのか、わざとなのか。祖母の漏らした言葉で知った。有人は、その問いに不思議そうに首を傾げた。

「小学生が消えた。くらいしか、しらないよ。あと、消えた小学生を探すために、 大人たちが探していることぐらいしか。詳しくは知らないよ。だって、聞いても教えてくれないんだもん」

ぷう、頬を膨らませる有人。はやり、大人たちは、今回の出来事を隠している。子供を守るためだとは思うが、何となく面白くない。

「そういえば、僕。図書館、初めていくかも」
「ほんとー!? 図書館は、おススメだよ! たくさん本があるし、一日中いても飽きない! なにより、歩いていける!」

歩いていける。晴太は、そのセリフに思わず吹き出した。確かに、ここじゃあ、どこにいくのにも自転車だ。

「それは、少し楽しみだね」
「でしょ?」

くすくすと、笑い出す2人。ふと、前に目を向けると見知った顔が歩いて来るのが見えた。

「あ」
「やぁ、昨日ぶりだね」

有人が声をあげた。昨日の男だ。手には、ビニール袋を持っている。男は、眠たそうにふわぁ、と大きな欠伸をした。

「おじさんも、昨日小学生を探してたの?」> 有人が問うた。

「あー、そうだね。昨日も見つからなかったよ。何か、ここまで見つからないと本当に神隠しなんじゃないかって思えてくるよ」

男は苦笑する。晴太は、男の右足を見る。はやり、何か変だ。何が変と言われたらよくわからないが。
もしかして、病院の匂いがすることから、男は右足を怪我しているのかもしれない。

「もしかして、右足。怪我か何かしてます?」
「え? ああ、ちょっと、犬に噛まれてね。そういえば、昨日の女の子は一緒じゃないのかい?」
「琴子ちゃん? 琴子ちゃんは、部活だよ。僕たちは、これから図書館」
「そっか。遅くならないように帰るんだよ」

会話が川のように流れて行く。男は、それだけ言うと2人の前から去っていった。晴太が、ちらりと、有人を見ると神妙な顔をしていた。

「何か、こんな時間から、あの人仕事してないのかな」

晴太は、有人のセリフに思わず吹き出した。




2人が図書館を出た時は、もうだいぶ日が傾いていた。 もう少しはやく帰る予定だったのだが、晴太は美術コーナーで、面白そうな本を見つけ、ついつい読みふけってしまった。
有人も、他の本を読んでいて、お互いに本題であるはずの神社の話をすっかり忘れていた。今日は昨日みたいに森の中に入らずに帰る。 さすがに、こんな時間から森の中に入りたくはない。

「じゃあねー」
「うん。また明日」

昨日と同じところで、別れる。お互いに本を抱えながら。




家に帰ると、なぜ連絡をいれないのかと母親に怒られた。
鞄の底から、携帯電話をひっぱりだし、開いてみると、家からの着信が数回。晴太は、気がつかなかった。

「1人じゃなかったから」
「それでも、心配なの!」
「ごめん。ちゃんと連絡するようにするよ」

それだけ言うと、母親は納得したのかしていないのか。それはわからないが、素直に引き下がった。
一度部屋に戻り、制服から着替える。借りた本を、鞄の中から出す。
それが終わると、キッチンに立っている母親の隣で、夕飯の準備を手伝う。どうやら、今日の夕飯はカツらしい。小麦粉がついたカツに、晴太は卵とパン粉を順次つけて行く。 2人でやれば、はやい。あっと言う間に夕飯が出来上がる。3人で食べる夕飯ももう慣れた。
夕飯を食べ終わり、部屋で絵を描いているとインターホンがなった。その後すぐに電話も鳴る。母親は来客に対応しているのか、電話が鳴り止まない。

「やれやれ」

せっかく、筆が乗ってきたのに。重い腰をあげ、晴太は電話を取った。

「はい、秋本です」
『晴太くん? 僕だよ! 有人!』
「有人……秋竹くん? どうしたの?」

電話は、有人からだった。だが、その声はいつもと違い、落ち着いてはいない。どこか、慌てている。

『こんな、時間なのに。琴子ちゃんが、家に帰ってきてないんだ! 秋本くん、何か知らない?』
「壇上さんが?」

じわり、と嫌な予感がした。もしかして、母親が対応している来客は、その関係なのではないだろうか。

「最後に見たのは、部活をしているところだよ。秋竹くんと一緒に」

少しだけ、声が震えている。多分、もしかしたら。嫌な予感がじわじわと広がって行く。

『僕、今から学校に行ってみる。学校の帰りに居なくなったのか、学校で居なくなったのかは、わからないけど。じっとなんてしてられない!』

有人の悲痛の声。耳をすますと、母親はまだ来客中だ。


「わかった。僕も行くよ。1人だと、何かあったとき対応出来ないから」
『ほんと? ありがとう! じゃあ、さっき別れた場所で!』

うん、と返事をし、電話を切る。一緒に来てくれとは言われて居ない。それなのに。 晴太は、ポケットに携帯電話と、手には懐中電灯を持って母親にバレないように、窓からこっそり抜け出した。 音を立てずに。一度、ちらりと玄関を見たが、どうやら気づかれては居ない。ほっと、一息つき、大きく深呼吸をする。晴太は、走り出した。



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