僕らの不思議な夏休み


それからというもの、黒マントの姿は見なくなったし、見られている感じもなくなった。
その代わりに僕も宗ちゃんも赤いロングコートでマスクの女の人を見るようになった。
夕方近くになると、毎日のようにうちの周りをウロウロしている。僕たち以外には見えてないみたいだから、そうゆうものなのかも。

「何でこのクソ暑いのにコートなんか」

宗ちゃんが悪態をついた。そうか、僕は暑いとか感じないけど、宗ちゃんは感じてるんだよな。
そういえば、よく汗を拭ってたような気がする。でも、こう毎日いられちゃ悪態もつきたくなる。
こっちは中々情報がなくてイライラしてるのに。だけど、僕は何かあの女の人に見覚えがあるような、ないような。
一時期騒がれていたような、騒がれていないような。
夏休み残り二週間となった頃。宗ちゃんはついに痺れを切らして、女の人に話し掛けた。

「うちに何の用ですか?」

宗ちゃんは汗をかいていたけど、女の人はコートにも関わらず汗をかいていなかった。

「ワタシ、キレイ……?」

女の人が問うた。はっ! この問いは! まさか、この人は、あの有名な!!?

「は? 意味わからないこと子供に聞かないでください。そんなことより何の用かって聞いてるんです」

宗ちゃん気づいてないのかな? 怒ってるみたいだけど。

「あなた、怖くないの?」

女の人はまさかの反応にびっくりしたようだ。目が丸くなってる。宗ちゃん、本当に気づいてないのかな。

「怖がる必要何かありません。口裂けさん」

宗ちゃんはそう、ぴしゃりと言った。やっぱり気づいてたんだ。この人が口裂け女だってこと。だって、噂通りのカッコだもんね。
口裂けさんは暫く黙っていたけど、急に笑い出した。

「あははは、あー、おっかし。私を見て怖がらなかったのはあなただけよ。 桜木宗一郎だっけ? で、そっちの子が桜木真。大丈夫、大丈夫。 今は姿見えないようにしてるから普通の人には見えないわ。でも、ホントおっかし。大丈夫、大丈夫。 私、追いかけたりはするけど、殺したりはしないわ。それより、よつばちゃんのこと調べてるんだって?  風の噂で聞いたわ。人間がよつばちゃんのゲームに挑んでるって」

口裂けさん、ツボに入ったのかヒーヒー言ってる。それにしても、僕たちのこと広まってたんだ。結構いろんな人に聞いたからな。
ていうか、よつばくんってその世界じゃ有名人?

「私たちの中でもゲームに負けた人は大勢いるのよ。それが今回の相手は人間と生霊でしょ?  で、生霊が体に戻るためにやってるなんて聞いたら黙っていられなくてねー。 それで、私の妹が前によつばちゃんとゲームして負けたの。正体暴けば口直してくれるってことでね。 そこで、妹が掴んだキーワードを教えに来たの! まぁ、妹はこれしかわからなかったんだけどね」

一人でしゃべり続ける口裂けさん。この人も噂と随分違うな。怖い人かと思ってたのに。

「そのキーワードは八丈島! 妹がゲームしたときはパソコンとかなかったからね。今なら大丈夫でしょ? いい時代になったわよね」

本当におしゃべりだな。マスクしてるけど、さっきからずっと話している。
でも、八丈島。たしか、東京の島だったけ? そうか! よつばくんの故郷は八丈島で、八丈島の山に住んでたんだ! 
きっと、そうに違いない。宗ちゃんもそれに気づいたようで、直ぐにクロノさんにメールした。
暫く、口裂けさんの話を聞いたら、クロノさんからメールが返ってきた! 内容は、その子の正体はテンジって書いてあった。
僕と宗ちゃんはそのメールを見た瞬間笑顔になった。

「口裂けさん! ありがとう。正体が暴けそうだ!」
「あらそう? 良かったわ。私、あんたたちに賭けてるんだから頑張りなさい」

宗ちゃんはそう口裂けさんに挨拶をし、急いで家の中に入った。僕も口裂けさんにお礼を言って後を追う。
宗ちゃんに追いついたころには、宗ちゃんはパソコンを起動させ、テンジを調べていた。

「あった! ウィキに載ってる!」

宗ちゃんは嬉しそうにマウスをクリックした。
そこには、テンジとは八丈島の民話に伝わる人型の妖怪で、山に住む。 イタズラ好きで、山番の耳をひっぱったりとか、女の人に化けて山番の所を訪れたこととか。 ヒャッ、ヒャと笑うとか、そんなことが書かれてあった。性別はとくに書かれてない。
これだと思った。島の山に住む妖怪で、女の人に化けるってことは、もし男の子でも中性的な顔ってことだよね。
なにより、よつばくんは声を出して笑うときは、ヒャッ、ヒャと笑っていたぞ。

「よつばくんは、テンジだ」

宗ちゃんが呟いた。

「うん。テンジだ。早くよつばくんを探そう!」

僕たちはまた家を飛び出した。誰も居ないから戸締りをして。夏休みはまだ後一週間と半分ある。
今体に戻れば、最後の土曜にある花火大会に出れるぞ! とにかく早くよつばくんを見つけないと。

「よつばくーん!」
「よつばくーん、よつばくーん!!」

二人してよつばくんを呼ぶ。くそっ、連絡先とか聞いておけばよかったな。
とにかく声の限り呼んだ。まさかあの黒マントの一部になんかされてないよね!?

「何だよ、うるさいな」

そう思った矢先だ。どこからかよつばくんが現れた。この際どこに居たとかはどうでもいいや。

「その顔は僕の正体を暴いたって感じだね。あ、そうそう。黒マントは二度現れることはないよ」

ヒャッ、ヒャと笑うよつばくん。絶対そうだ。絶対テンジだ。今のでより強い確信を持てた。

「さぁ、僕の正体を言ってごらん?」
「よつばくんの正体は……八丈島の山に住む妖怪、テンジ」

宗ちゃんがカッコよく言った。きっとあってる。大丈夫、確信がある。よつばくんはニヤっと笑った。

「あれまー、大正解ー。よく暴いたね。暴かれたのは初めてだよ。さて、真が体に戻る方法だよね。まぁ、簡単だよ。 体の所に行って戻りたいって念じるんだ。その際に誰かが真の名前を呼ぶと戻れる確立は高くなる。 まぁ、所謂想いの強さだよね。体に戻ったら真は霊感とかないから見えなくなっちゃうけど、偶然見えるってこともあるしね。 まぁ、とにかくやってみなよ」

楽しそうに笑うよつばくん。そうか、やっぱり見えなくなっちゃうのか。少し残念だけど……。

「ありがとう、よつばくん。さっそく今からやってくるよ!」

よつばくんにお礼を言った後、宗ちゃんを連れそのまま僕がいる病院へ向かう。
早く戻ってお母さんたちを安心させてあげなきゃ。大丈夫、病院も病室も宗ちゃんが知ってる。
戻ったら、何をしよう。戻ったら、クロノさんに挨拶しよう。あさひちゃんは見えるよね? クロノさんに見えてるし。
戻ったら、戻ったら……。


病室についた。個室で、包帯を巻かれ呼吸器とか点滴をしている僕。何か不思議な感じ。
お父さんもお母さんもお兄ちゃんも居て、皆で僕を見ている。
松田くんたちがお見舞いに来たのかな。おもちゃとか、お菓子とか置いてある。

「宗、お前何やってたんだ。真がこんな状態なのに、病院にも全然来ないで」

病室に来た宗ちゃんにお父さんが怒る。そうか、宗ちゃんずっと僕と一緒だったし、よつばくんの正体暴こうと必死だったもんな。

「真は大丈夫だから、名前を呼んであげて」
「名前を呼んで戻るなら、もう戻ってるわ」

お母さんがすすり泣いている。早く安心させてあげなきゃ。僕は戻る、戻りたい。戻りたい、戻りたい……。
何だか遠くの方で僕を呼んでいる声がする。お母さんの声、お父さんの声、お兄ちゃんの声に、宗ちゃんの声。
皆が僕を呼んでいる。行かなきゃ、あっちに行かなきゃ。皆の声がする方に……。

「真!!」

始めに耳にした声はお母さんの声だった。

「真!」
「真、大丈夫か?」

次々と僕を呼ぶ声。目を開けると病室の電気が凄く眩しく感じ、あちこち痛い。何かお腹も減っている。
お腹が減るってこうゆうことだったのか。暫く忘れてたな。宗ちゃん、泣き笑いしている。
そうか、僕戻れたんだ。戻ってこれたんだ。 車に轢かれた後のことはよく覚えていなくて、気づいたら宗ちゃんに通知表を忘れたから学校に取りに行きたいって言ってたな。
その時にはもう体から抜け出てたんだ。幽体離脱? それとも臨死体験? よつばくんや皆は生霊って言ってたけど。
よくわからないけど、戻れてよかったな。あ、お母さん泣いている。早く安心させてあげなくちゃ。

「お母さん、もう僕大丈夫だよ」

久しぶりに発した声はうまく声にならず、自分の声じゃないみたいだった。


それからは何だかんだで忙しかった。松田くんとかがお見舞いに来てくれて。
クロノさんもお見舞いに来てくれたけど、クロノさんからは僕は初めて会う人だから変な感じなんだろうな。
宗ちゃんは毎日のように来てくれて、花子ちゃんやあさひちゃんに僕が戻ったこと伝えてくれたみたい。
後、僕の体は思ったより痛んでいて、花火大会までには退院出来ないって言われた。
僕を轢いた運転手のことはどうでもいいや。そこはお父さんに任せておこう。
とにかく花火大会に行けないことがショックで、毎年行ってたのに……。でも、僕の病室からも小さくだけど花火が見えるらしい。
宗ちゃんも一緒に病室から見るって言ってくれたし、今回だけは病室からで我慢しよう。宗ちゃん、明日帰っちゃうのは寂しいけどね。

「ちゃんと戻れたんだ」

僕と宗ちゃんでおしゃべりしながら花火が上がるのを待ってると、窓の方から声がした。

「よつばくん」

どうやって入ってきたのとかは聞かない。ここは五階だけど。だって、よつばくんだもの。

「まぁ、君たちならやると思ってたよ。懐かしいなー、僕も宗一郎みたいに霊感のある子供だったな」
「え、もしかしてよつばくんって人間だったの?」

よつばくんが昔を懐かしむように言うと、宗ちゃんがびっくりして問うた。

「何だ。そこは知らなかったのか。そうだよ、昔は人間で霊感があった。 それで、僕。嫌われてたんだよね。人と違うから。それでどうなったかは忘れちゃったけど、気づいたら妖怪になってた。 島を出たのは退屈だったから。君たちとのゲームは楽しかったよ」
「そうなんだ。花子ちゃんが言ってたけど、よつばくんは自分のことを話したがらないって」

今度は僕。そうゆうことがあったから話したがらなかったのかな。

「話したがらないっていうか、話す必要がないからだよ。昔のことなんて。別に僕自身は隠してるつもりはないけどね」

よつばくんは楽しそうに笑う。でも、妖怪になっちゃうくらい何だから何かあったんだよね。普通はそんなことないもの。


外で大きな音がした。花火、始まったんだ。次々と打ちあがっている。

「いつ見ても花火は綺麗だなぁ」

よつばくんがしみじみと言った。この花火を見ると、宗ちゃんは帰っちゃうし、もう夏も終わりなんだなって思う。
今年は宿題もセミ取りとか海もプールもなかったけど。

「よつばくんはこれからどうするの?」

宗ちゃんがよつばくんに問うた。よつばくんは花火を見たまま答える。

「一度島に帰るよ。ここでの仕事も一段落ついたし」

何だかんだで楽しかったな。不思議な体験も出来た。まぁ、戻れたから言えるんだけどね。でも、またよつばくんには会いたいな。

「また、会える?」

僕がそう問うと、外に大きな花火が上がった。

「そうだなぁ。来年の夏にまた会えるかもね」

よつばくんはそうヒャッ、ヒャと笑い、夜の中に消えていった。夏休みも残り三日。新学期には学校に行けたらいいな。




END




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これにて、僕らの不思議な夏休み完結です。 初期の僕らのとはまったく違う形になりました。
宗一郎とか前は居なかったキャラですが、夏休み前夜という短編を書いてからこの形にしようということが決まりました。
でも、何だかんだでこの形で良かったのではないかと書き終わった今は思っています。


僕……もとい、真は実は生霊で、皆には見えない。お腹がすかないのもそのせいです。
真がこうゆう形になったのはちょうど心霊写真を書きはじめてからだったんですが。


ちょうど今日は夏休み3日前。物語の終わりも夏休み3日前。
来年の夏にまた真・宗一郎・よつばに会えることを信じて、終わりにしたいと思います。

2011.08.29