猫の就活生


朝、俺はすがすがしい気分で目が覚めた。
何故かはわからないけど、背中に痛みを感じた。

「痛っ!? な、何だ?」

どうやら、背中を丸めて寝ていたのが原因らしい。
何より、起きあがって見ると、猫のときより視線が高くなっていた。

「まさか!!?」

俺は、まさかと思い、自分の手を見た。
手は、五本指で、肌色で、猫の手ではなかった。俺、人間に戻ったんだ!!

「って、俺裸じゃん!!?」

何か寒いと思い、体をみたら裸だよ。こんなところに誰かがきたら恥ずかしいぞ。
来るっていっても、限られてはいるが。俺は、急いでジャージと下着をひっぱりだし、服を着た。
服を着るのも久しぶりだな。

「幸大ー。良かったねー!」

俺が猫になった日と同じように、タマがやってきた。
タマは相変わらず、楽しそうに笑っている。

「そんなことより、君島さんから返信来たよ」

タマは、そう言いながらケータイを俺に返してくれた。
この手なら、自分でメールがうてる。それがやけに嬉しかった。
だけど、俺のやることは決まっている。自分の声で、伝えるんだ。
俺は、返信を見ないで、アドレス帳を開き、君島さんの電話番号に発信ボタンをおした。
まだ、朝で五時とかだけど、君島さんは出てくれるような気がした。何故かそんな気がしていた。
十コール目、君島さんのもしもしという眠たそうな声が聞こえた。

「君島さん? 俺です。こんな朝早く、すみません。でも、 どうしても伝えたいことがあるんです。今から、家に行ってもいいですか?」
「え、うん。わかった」

君島さんは、どうして俺が家を知っているのかとかは聞かなかった。
俺の言い方がきっと強烈だったんだと思う。
君島さんは、慌てながらいいと言ってくれた。だから、そう思った。

「じゃあ、今から行くんで、家の前で待っていて下さい!」

俺はそう言い、コートも着ないで家を飛び出した。
久しぶりの二足歩行で、最初は靴をはくのを忘れるところで、何だか変な感じ。
たけど、問題なく走れた。どうやら、タマも一緒にくるみたいだ。


君島さんは、アパートの下にいてくれた。
寒そうにしていて、本当に申し訳ないと思うけど、伝えたいことがあるんだ。

「君島さん!」

俺は猫だった時と同じように、君島さんのことを呼んだ。
猫のときと違いがあるとすれば、君島さんが俺の声に反応し、こっちに来てくれたことだ。
俺の声がちゃんと届いていることだ。

「こんな朝早くに、ごめんなさい。でも、伝えたいことがあるんです」

思いっきり、走ってきたから息がきれて、苦しい。
でも、そのおかげで寒くはなかった。少し、汗までかいている気がする。

「君島さん、諦めちゃダメだ! 逃げちゃ、ダメだ! 俺、君島さんの書いた本が読みたいよ。 俺も、親には話していないけど、絶対話す! そう決めたんだ。だから、君島さんも話さなきゃ。 だって、自分の人生だよ。自分の未来を決めるのは、自分しかいないんだよ」

俺は早口で言いきった。
君島さんの反応は? 君島さんはぽかんとしていた。だけど……。

「ありがとう。上村くん」

って、とびっきりの笑顔で笑ってくれた。
俺も、その笑顔を見て、嬉しくなった。



家に帰ると、思いっきり怒られ、思いっきり叩かれ、思いっきり泣かれた。
それで、どれだけ心配しているのかがわかり、昔に思っていたことだけど、俺はいらない子じゃないんだと思った。
そんなこと思っていたなんて、昔の俺は凄くバカだ。だからちゃんと話した。
自分のやりたいこと。留学のこと。そしたら、頑張れって言われた。応援するって言われた。
姉さんには、その前に卒論ーって茶化されたけど、その通りだから何も言えなかった。
後、俺はゼミの教授にも謝り、どうにか卒論を終わらせ、提出することができた。
そんなに評価はよくはないかもしれないが、どうにか卒業は出来そうだ。
それから、君島さんがどんな道に進んだかはわからない。だって、俺は就職活動をやめたから。
聞こうと思えば聞けるけど、なんか恥ずかしいし。

「タマ。ありがとな」

人間に戻ってからも、タマはしばらく俺の隣を飛んでいた。そんなタマにお礼を言った。
だって、俺はタマのおかげで、気付くことが出来たんだ。夢とか、色々なことに。

「な、なんだよ。ありがたいと思っているなら、ボクの神社にお賽銭でも、入れてよね!」

タマはそう言って、照れて少し怒りながら、どこかに飛んで行ってしまった。
これを最後に、俺はタマの姿を見ていない。
だけど、タマの神社を探しだし、その神社に行ったときだけ、笑っているタマの姿を見た気がした。
タマの奴、結構いい神社に住んでいるんだな。うちからはちょっと遠いいけど、また会いに行こう。



俺の人生はこれから。人生に勝ちも負けもない。幸せ不幸は本人次第。
これは、タマが教えてくれたこと。猫になって学んだこと。もう、俺は自分から逃げない。誓うよ。



十年後の自分へ
俺は何してる? 夢を叶えている? どうか、夢を叶えていますように。
夢が見つかっていますように。幸せに暮らしていますように。



もう、俺は猫になりたいだなんて、思わない。
俺は俺で、何物でもないんだから。後は、夢に向かって突っ走るだけだ。




END




BACK|モドル

猫の就活生、これにて完結。
これは、実際に私が就活をしている時に、猫っていいなぁって思ったことから思いつきました。
やっぱり夢は諦めちゃいけない。逃げちゃいけない。
悪いことしなければ勝手に生きていいんですよね。

就活中は色々落ち込みます。幸大みたいに。でも、きっとタマの言葉を覚えていれば乗り切れるはず。
幸大も自分らしく生きられるはず。もちろん、君島さんもね。


2012.3.18