猫の就活生
俺の親は、とくに母親の方は否定するのが好きだ。
好きじゃないのかもしれないし、子供のことを思って言っているのかもしれないが、よく否定される。
就職活動でも、資格取得でも、初めは賛成するのに後で反対する。
反対までもいかなくても、否定しているのがわかるんだ。もしかしたら、君島さんの両親もそうなのかもしれない。
「おーい。幸大ー、おはよー」
朝になり、俺はまだ猫のままで、車の下からでた。空は晴れ渡っていて、その空からタマが降りてきた。
昨日、逃げないって決めたけど、親に打ち明けることを悩んでいるから、俺はまだ猫のままなのかもしれないな。
「君島さんから、昨日のことでメールが来ていたよー」
タマは、いつもどこに居るんだろう。そんなことを思いながら、俺はタマに「読んで」と言った。
タマはカッコつけるように一つ咳払いをした。
「昨日は、雨で来られなくなっちゃったのかな? そういえば、噂で聞いたんだけど、
村上くん今家出中なの? だって。君島さん、幸大が家出していること何で知っているんだろー?」
家出じゃないと思うが、これは家出なのだろうか。
それより、君島さんは何で知っているんだろう? 高校とか中学の俺の友達と同じ大学なのだろうか?
「言わなかったけど、幸大の行方に関するメールは何件か来ていたよ。返信する?」
タマはそう言って、笑った。って、何で今まで言わなかったんだよ、こいつ。
まぁ、説明するのもめんどうだし、いいけどさ。
とりあえず、母さんたちにはメールしておこう。変に騒がれるのも嫌だし。
メールが来ているってことは、俺が(俺じゃないけど)ケータイ持っているの、知っているってことか。
知らなかったら、メールしてこないよな。はじめは部屋に置きっぱなしだったし。だけど、いつ知ったんだろー?
「とりあえず、母さんたちには俺は無事ですってメールして。
メールするってことは知っていると思いますが、ケータイを取りに一度、家にも帰りましたって」
「わかったー。まー、それしか言えないよね。普通の人だったら、猫になりましたなんて信じてくれないもん」
タマは、昨日よりケータイをうつのが早くなっていて、俺は少しだけ驚いた。
君島さんには、どうしようかな。まずは、昨日のことを謝らないとな。
「君島さんには、昨日はごめんなさい。あと、今はちょっと事情があって、家にはいません。
だけど、すぐに帰る予定です。君島さんは、夢のこと親には話しましたか? って」
「りょーかい」
どうか、じゃあ今どこに居るの? とかいう返信が来ませんように。
そんな返信が来たら、俺は何て返信すればいいのかわからないぞ。
そのあとの返信しだいでは、じゃあ会いましょうとか送られてきそうだし。
「なぁ、タマー。俺は、いつ人間に戻れるんだよー?」
人間に戻りたいと思っているのに、戻れない。出来れば、早く戻りたい。
母さんたちに、心配かけているし、友達にも心配をかけているようだ。メールの数でわかる。
「それは、幸大しだい。ボクに聞かれてもわからないよ」
タマは困った顔をした。
別に、困らせようとして、言ったことじゃない。ただ、疑問に思っただけだ。
「俺さぁ、留学したいと思っているんだ。人間に戻ったら。
もし、親とかに何か言われたらお金貯めて行こうと思う。俺、まだ学びたいんだ。猫のままじゃ、何もできないよ」
疑問に思っただけのはずだった。だけど、一度口にしてしまったら、止まらなくなった。
自分の中の思いが、どんどん溢れ出してくるんだ。
「俺、イギリスに行ってイングリッシュガーデンを学びたい。
だって、高校の時からやっているんだ。ここで、やめるわけには、いかないよ」
これは、ずっと俺の中でくすぶっていた思い。
タマは黙って聞いているけど、俺は止まらなかった。
「逃げちゃ、ダメなんだ。未来から、自分から。自分の声を聞かないと進めないんだ。
君島さんにも、それを伝えないと。だって、俺たちはまだ何もやってない。こんな時に猫になってたまるかってんだ!」
あの時の俺は凄くバカだった。
自分から、未来から逃げて。だから、タマに猫にされたんだ。
タマは目をつぶり、何かを考え込み、目を開けてタマは笑った。
「そうだよ、幸大。やっとわかってくれたんだね!」
タマは嬉しそうにそう言った。俺も、その笑顔を見て思わず笑ってしまった。
何で笑っているのか、よくわからないけど、自然に笑顔になれたんだ。
そんな風に、タマと笑いあっていたら、家の中から母さんがロロを連れて、出てきた。
ロロは元気そうにしているけど、母さんは疲れた顔をしいる。俺のメール読んでくれたかな?
「母さん」
俺は、いつのまにか母さんに声をかけていた。
ロロが俺に近寄ってきたのは驚いたけど、母さんは俺のことを見ただけで、何も言わなかった。
母さんたちに、こんなに心配かけて俺は一体何考えているんだろう? こんなの親孝行じゃない。
何もまだ言ってないのに。ちゃんと、言わなきゃ伝わらない。
だから、伝えなきゃ。やりたいことが、挑戦したいことがあるって。試してみたいことがあるんだって。
母さんは、結局俺には何も言わずに、家の中に入って行った。
夕方、いつもの女子大生がパンをくれた。
にしても、最近夜が寂しいって思うようになった。暖かい自分のベッドで寝たいと思った。
だから、俺は上手い具合に、自分の部屋の窓をこじ開け(シャッターも閉まってなかったし、鍵もかかってなかったんだ)
久しぶりの自室に入った。夜になるまで、ベッドの下に隠れ、家族が寝る時間くらいになると、
ベッドの下から出てきて、自分のベッドの上で丸くなった。
何か、久々だけど何一つ変わって(少し片づけられていたけど)、屋根があって、壁があって、
自分がどれだけ恵まれているかを再認識した。
人間に戻ったら、両親にお礼を言うんだ。留学したいってことを伝えるんだ。ちゃんと、自分の口で。
そう思いながら、俺は一つ大きなあくびをし、眠りについた。
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