猫の就活生


君島さんのアパートに行くまでに、雨が降ってきた。
最初は、小雨だったけど、徐々に雨は激しさを増していった。
君島さんの住んでいるアパートまで行くと、部屋の前に君島さんがいた。
まさか会えるとも思っていなかったし、会う方法だって、考えてなかったから、少し驚いた。
でも、嬉しくなった。だって、あの感じは明らかに誰かを待っている感じなんだ。

「ボクが、さっきメールしておいたよ。会いたいので、部屋の前で待っていて下さいって」

タマが俺の隣におりてきた。こいつ、結構気が利くんだな。
でも、こいつ一人だけ傘持っているのは、かなり気が利かないな。
そう思いながらも、俺はぶるぶるっと体についた水滴を飛ばし、階段を上がった。

「君島さん!」

思い切って声をかけたけど、君島さんには猫語にしか聞こえていないだろう。
だけど、君島さんはこっちに気付いてくれた。

「もしかして、さっきの猫ちゃん?」

君島さんは、俺の方に来てくれて、にっこりと笑った。
俺のこと、覚えていてくれたんだ。何か、ちょっと……いや、かなり嬉しいぞ。

「ちょっと待っていてね」

君島さんは、そう言って部屋の中に入って行ったと思ったら、何かの肉をお皿に入れて、戻ってきた。
もう一つのお皿には、牛乳が入っていた。

「これ、猫ちゃんにあげる。今まで、何もあげられなかったからね」

君島さんは、俺の前に二つのお皿を置いてくれた。
腹も減っているし、何より久しぶりの肉で、思わずがっついてしまった。俺、肉好きなんだよ。
君島さんは、俺の前にしゃがみこみ、笑顔で俺のことを見た。

「君は、悩みなんかないのかなー?」

ふと、君島さんがそうこぼした。俺は肉を食べるのをやめ、君島さんを見た。
君島さんは笑顔だったけど、少し辛そうにも見えた。

「私ね、就職活動していて、実はこの間内定貰ったの。 こんな私でも、内定が出るんだって、思った。そう思うと嬉しかった。 でもね、その会社行きたくないの。面接の時にそう思ったの。何か、合わないなって。 面接のときは、受かるなんて考えてもいなかった。だって、私の希望の会社からは全部落とされて……それで、 やる気がなくなったのかもしれない。でも、そのおかげで夢に気付いたんだよ? だけど、どうすればいいのかわからないの。 私の夢は、会社入っても出来ることだし。ここで、その会社の内定を断って、次も貰えると限らないし。だけどね……」

君島さんは、まるで次の言葉を探すかのように黙り込んだ。
俺はただ、そんな君島さんを見ていることしか出来ない。
何かを言いたかったけど、何を言えばいいのかわからない。今更ながら、言っても伝わらないことを実感した。

「……そういえば、上村くん。来ないな」

君島さんは空を見上げ、そう呟いた。
あ、そういえばそうだった。俺が呼び出したことになっているんだっけ。
俺はここにいるんだけど、わからないだろうなぁ。

「うーん。急に雨降ってきたし、来られなくなっちゃったのかな? メールしてみよう。 じゃあ、猫ちゃん。私、そろそろ戻るから、お皿いいかな?」

俺は君島さんのその言葉にはっとし、急いで肉とミルクをたいらげた。
君島さんは、そんな俺を見て楽しそうに笑い、頭を撫で、お皿を持って部屋の中に戻った。
君島さんは、逃げていない。悩んで、考えて、自分と向き合おうとしている。
何だか、自分が恥ずかしくなった。猫になって、逃げたいって思った俺が。
雨の降る中、俺は家の車の下に戻ってきた。
雨は、凄く冷たく、こうゆうのもなんだけど、自分は凄く恵まれていると思った。
食べるものも、寝る場所もあって。だって、本当の猫がどう思っているかは知らないが、こんな夜に一人でいるのは寂しい。 タマもどこかへ行ってしまったし。
俺は寒さに震えながら、車の下で眠った。
母さんたち、心配しているんだろうな。君島さんにも伝えたいな。
俺にも、多分夢があるってことを。でも、猫の姿じゃ伝えることも出来ないし、夢を叶えることもできないな。 そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
明日は晴れるといいな。



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