善良な死刑囚の話
少し前の出来事である。
そこには、いつも通り囚人たちが労働を行っていた。いつもと同じ光景。
男もそのいつもの光景のひとつだった。
男は死刑囚であった。だが、その男の人の好さはまるで過去に犯罪を起こしたようにはみえなかった。
中で喧嘩が起れば男はとめた。そして、感謝された。
男は、脱獄なんかはまったく考えていない。ただ、人に親切であろうと思っていただけなのだ。
ある日、そこはいつもと違う光景があった。
光景は同じだが、何か1つ多かったのだ。
男は労働中に、大人しく座っている白い犬を見た。
「随分と大人しい犬だなぁ」
男は、その犬に近づいた。それでも、その犬は動かずに男のことを見ていた。
犬は次の日もいた。次の日も。
ある次の日、今までは大人しく座っていた犬が初めて男の方にやってきた。
「何だ、お前。俺のために尻尾を振ってくれるのか?」
男はちぎれんばかりに尻尾を振っている犬の頭をなでた。
「わん、わんわん!!」
犬は嬉しそうである。男はそんな犬を見て微笑んだ。
「お前、いいこだなぁ。どこから来たんだ? 飼い主はどこだ?」
男は犬と目線を合わせるために、しゃがんだ。犬はそんな男にすり寄ってきた。
男は、その犬の行動に驚いた。犬というものは、誰が悪い奴とかが解ると、どこかで聞いたからだ。
男は死刑囚だ。それはどんなに今親切にしても変わらない。
だが、男は誰かに聞いてほしかった。なぜ、あんなことをしてしまったのかと。
「なぁ、犬よ。俺、もうすぐ死ぬんだ。いろんなことをしてきたからな。死刑宣告をされて初めて俺は何かをつかんだ気がしたよ。すんだことに対しては何も言えないけど、1人だけ謝りたいやつがいるんだ」
男は昔を思い出したかのように語った。犬は男の隣で黙って話を聞いていた。
犬は、毎日のように男に会いにきた。
男も犬を会うのを楽しみにしていた。男と犬は楽しそうであった。
ある、次の次の次の、そのまた次の日。
男の処刑日がきた。男は処刑台にあがった。そして、犬を探した。犬は見つからなかった。
男は、一言だけどうしても言いたいことがあった。一言だけ、言い残したことがあった。
「すみません、一言だけいいですか?」
男は看守に聞いた。看守は「ああ」と言った。男は深呼吸をした。
「君には随分と酷いことをした。今はあの男と幸せにしてるだろうか? なぜ、俺はあんなことをしたんだろう。きっと、君の心の中にあの男がいるのが許せなかったんだ。君のことで、俺の人生は変わった。きっと、君に酷いことをした罰だろうな」
男は、昔結婚するはずだった女性を思い出していた。とても、魅力的な女性で、だが心に決めた男がいた。
風の噂で聞いたところ、その女性は男が事件を起こしたことがきっかけかわからないが、その心に決めた男と一緒に国を捨て、どこかへ行ったと聞いた。
「わんわんわん!!!」
犬の声が聞こえた。あの白い犬の声だと、男はすぐに解った。
「君もありがとう……」
男は、涙を流し、白い犬にお礼を言った。犬は寂しそうであったが目をそらさずに見ていた。
***
「ブランシェ、どこに行っていたんだ?」
オーリーは突然走りだした愛犬のブランシェを探していた。
この間刑務所に連れて行ったら、なぜかそこに気に行った人でもいたのか、よく通っていた。
「わんわん!!」
ブランシェを探していると、どこからかブランシェが走ってきた。ブランシェはどこか寂しそうに見えた。
オーリーはそんなブランシェの様子に気づき、何も言わずに頭をなでた。
そして、次の町へと向かった。
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